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指切りD






私の幼い頃の記憶は突然始まる。





暑い熱い夏の日だった。

遠くで聴こえる子ども達の声が心地好い。


どこか音がこぽこぽと反響するのは何故だろう。

視界がぼやけるのは、息がとても苦しいのは…何故だろう。



屈折し、揺らめく陽の光が美しい。



ああ…このまま。


私は………。








―――――――!





「…か!…はるか!」


突如、私の聴覚は鮮明になった。

口の中に溜まった水を反射的に吐き出し、激しく咳き込む。


「よかった…!はるか…!」


被さる影の方を向くと、誰かが私に喋り掛けていた。

誰だろう
この子は 誰だろう
はるかとは 誰だろう




私は…誰だろう。




逆光が一際強くなった瞬間、私は気を失った。













――――――――――――――――――







目を覚ました。


眩しい…早く起きなくては。


夏バテでダルい身体を引きずって階段を降りる。


台所を覗くと、母さんの後ろ姿が見えた。


「…はるか?もう、夏休みだからって寝過ぎよ。今日はまもる君と遊びに行くんでしょう?」


「うん…そうだった。忘れてた」


「朝御飯食べちゃって。お父さんので悪いけど」


テーブルの上には手が付けられていない目玉焼きがある。箸で黄身を割り、ご飯に適当にかけた。


「父さん今日も早かったの?」

「仕事が忙しいみたいよ。暑いから、現場で倒れなければいいけど…」


ごちそうさま、と食器を片付ける。テレビで猛暑が続いていると報じていた。


新しいワンピースでも着ていこうかな。どうせアイツは何も言ってくれないだろうけど…。











――――――――――――――――――





「行儀が悪い。サルかお前は」


「うっさいわね、仕事が、多すぎて、こうでもしないと終わらないのよ」


「ああやめろ!食うか喋るか仕事するかどれかにしろ!これだから猪お」

「だからその呼び方やめてよ!」


ああ暑い。暖房の効いた部屋で怒ると駄目だ。


「…そう言えば、もうすぐクリスマスよね?」

「なんだいきなり。残念だったな。この調子だと当分休みは無しだ」

「………分かってるわよ、」













――――――――――――――――――




「ねぇユキ、もしもあたしがね?…結婚するとしたら、どう思う?」

「なあにはるか、嬉しいに決まってるじゃない」

「あたしは…まだ結婚とか、したく無いの」

「…どうして?」

「でも今じゃなきゃ、この先一生出来ないって…もし分かってるとしたら?」




分かってるとしたら、あたしはどうするの?












――――――――――――――――――





湿気が強い。雨が降っている。


「…警察の方が来ました。はるか」

「………」

「はるか」

「…嫌よ…父さん」

「このままでは濡れてしまいます」

「………」

「…おじさんも、」


「………」




あたしはそっと、冷たくなり始めた父親から手を離した…。











――――――――――――――――――












あたしは幸せだった


あたしは不幸なんかじゃ無かった



私は、









「………………お早う、」


最後に見たのは、真っ白な天井。


身体に繋がれた点滴がやたら遠い、他人事の様に感じた。


「………みお、」


呼ばれた方へ首を少しずつ動かす。


「おはよう…」


掠れた声が喉を通り抜けた。

私の名を呼んでくれた“彼女”は『また来るわ』と言うと、消える様に病室から出ていった。








《続く》


あきゅろす。
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