イエロウ・パーカーH
げっとだぜ。そのA
「ま」
「て」
「僕のピカチュウ!」
「ピカチュウじゃないいい!!!」
全速力で海沿いの道を走り抜けて、とうとう駅前通りにまで来てしまった。
真っ黄色のパーカーを着るいい大人を、これまたいい大人が何やら喚きながら凄まじい勢いで追いかける2人のそんな姿は、果たして周りの通行人にはどう映るのだろうか。
「ああああ恥ずかしい!」
この状況の感想を声に出してみるが、走っているためイマイチ上手くいかなかった。
(ピカチュウ!?ピカチュウってあの黄色い電気ネズミの事だろう!?初期版だと森の中にいるんだけどなかなか出てこなくって…って)
「………」
改めて自分の格好を確認する。
「…あー…………っぽいかも」
ピカチュウっぽいかも。
「なんだそれ…っ、て、うわっ!!」
がくんと視界がぶれて、転がりながら地面に倒れ込む。…ああ、いつの間にか公園にまで来ていたのか、と思う。
引っ張られた足先を見ると、息ひとつ切れていない(むしろ余裕たっぷりな)癸生川が、網を使って自分を見事に“ゲット”していた。
…地引き網の縄なんて、一体どこから仕入れて来たんだか。
「は、はなせぇっ!」
「ははは君はまたおかしな事を」
子ども達が集まってきた。
「せっかく捕まえたものを手放す奴がどこにいるのだ!」
「いいいたい!ギブ!助けて!」
ぐるぐると生王の身体に縄が巻かれていく。
側でクスクスと笑い声が聞こえた。ああ、笑われているんだと思うと、なんだか情けない。
「さて、」
癸生川は完全に身動きが取れなくなった生王を担ぐと、呆然とそれを見上げる子ども達に向かって叫んだ。
「みろ!おじさんにピカチュウは無理だよなんてほざいたお子ちゃまどもめ!」
大満足で笑う癸生川に、お子ちゃまどもは………引いていた。
「癸生川…わかったから…悔しかったのはわかったから…降ろして…」
もうどちらがお子ちゃまなのか分からない。生王は抵抗も出来ずに項垂れるしか無かった。
「―――いた!先生!!」
遠くから聞き慣れた声がして、伊綱が駆足でやって来る。
(というかどうしてこの人達はそろって息も切らさずに飄々としているんだ)
「いきなり飛び出して…もう、捜しましたよ!」
肩に乗せられた生王をちらりと見て、伊綱は苦い顔をする。
「…先生、わざわざそれを生王さんに着せるために色々と動いてたんですか??」
色々と??生王が分からない という顔をすると、伊綱が「さっき弥勒院さんから電話があったんです」と言った。
癸生川は口の端を上げ、知らないな、と悪戯っぽく笑った。
そして、思い付いた様に抱えた生王を落とすと、
(彼からひゃ、だか あひぇ、だか声が上がった)
「いかん!」
と叫び、また何処かへと走って行った。
「ああまた!」
「…て、今度は何なんだ…」
伊綱は腕時計を見て、
「ああ…この時間帯は、ゲームでイベントがあるみたいです」
「そう言うこと…」
力が抜けてぐったりする生王と、それを見下ろす伊綱の目が合った。
生王は、まだ縛られたままだ。
「………」
「………」
伊綱はその様子と、まさかという表情の生王を見てにこりと微笑み、
「…では、寒いので私帰ります」
すたすたと歩き出した。
「ちょっと!ねぇ!いいい伊綱くん!」
「ああ寒い…上着着てくればよかった…」
「お願いだからほどいて!お願いしますー!」
「んもう、分かりました。弥勒院さんに連絡しておきますから」
「なんでそうなるんだああ!!」
公園にいた子ども達の姿はいつの間にか無くなり、じたばたともがくイエロウの生王だけが、淋しくそこに残された。
「…お前、なんだその面白すぎる格好は」
「うぅーみろくー…」
弥勒が来たのは、それから小一時間後。
《終わり》
長々とありがとうでした!ピカチュウ!
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