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指切り@






指切りをしたんだ





それは掴むように
それはほどくように






2人だけで結んだ、2人だけの約束










また いつか













“指切り”














私が相田教授にお会いするのは、これで3度目だった。

1度目は彼が勤める立帝大学で。2度目は私の提案で勤務先近くの喫茶店で。


「高校の教師をなさっているとか」


そして今回。


教授は2度目の喫茶店が気に入ったらしく、また其処で待ち合わせしましょう、という事になった。


店は空いていた。元々落ち着いた雰囲気の店内に、控えめな洋楽が流れる。

勤務先…高校近くと言ったがそれだけで、学生がここに来ることは殆んど無い。

同僚に遭うことも今のところは無い。私だけの穴場だ。若い女の子等は、もっと華やかな場所を好むのだろう。


「7時…」


何杯目かの珈琲を啜り、ぼそりと呟いた。

約束の時間は19時。恐らく、そろそろの筈だ。


私は教授と初めて会った時を思い出す。

大学教授、という名から勝手に想像していた人物像は、一目みて直ぐに何処かに行ってしまった。


長身痩躯、少し襟足の伸びた黒髪にフレームの細い眼鏡を掛けた、何処と無く弱々しい感じのする男性だった。

服装はスーツ姿しか見たことはないが、シワなく整えられている所をみると、既に結婚しているのかと思う。


(否、ただ単にそういう几帳面な人なのかもしれない)


挨拶をすると、とても綺麗に柔らかく微笑まれ、何故だか赤面してしまったのを覚えている。


「―――お待たせしました」


ふと後ろから声が掛かる。振り向くと、紺色のコートを纏い、肩に粉雪を乗せた相田教授が立っていた。


「すみません、道が混んでいたもので」


彼はコートを脱いで私の向かいの椅子に掛けると、店員に珈琲を一杯頼んだ。


「外、雪が降ってるんですか?」

「ええ、少しですが。見る限りでは、直に止むと思います」


私の予想は当たるんですよ、と相田教授は笑った。


客が疎らな為か、珈琲は直ぐに来た。


鼻をくすぐる香ばしい豆の湯気と香り。


一口だけそれを飲み、彼は私の方を見た。


「アイオさんは、」


突然の単語に一瞬止まり、何秒か後に私の頭は「秋穂さんは、」と彼の言葉を変換する。


「あ…はい。あの、澪でいいです」


どうしてだか、私は自分の苗字に慣れない。
相田教授はそうですかと言って、

「澪さんは、」

言い直した。


「澪さんは、高校の教師をなさっているとか」

「ええ」

「何を教えているのですか?」

「ええと…あ、待って下さい」


私は隣の席に置いていた鞄から、小さな手帳とペンを取り出す。
彼はそれを黙って眺めていた。


「数学を教えているんです、私」


私は手帳を開き、空いているページを適当に見付けると、その真ん中に『私 数学』と書き込んだ。


「数学ですか…難しいでしょうに。頑張っているんですね」

「最初は、少し得意なだけだったんです。でも“彼女”にいつも宿題の問題を教えていて…それで」


『私 数学』の隣に『彼女 宿題』と付け加えた。

相田教授は、私の手帳を覗き込みながら上手に相槌を打つ。


「“彼女”は何時も宿題を忘れて」

「そうなんですよね、教えてあげても結局私が解いてるんです」

「ええ。私も、貴女と同じ立場でしたよ」


私達は顔を見合わせて微笑んだ。



共通の話題


共通の“彼女”





私はペンを押して赤インクを出すと、先程書いた文字の上部分に






三島 遥







と小さく書いた。






《続く》


あきゅろす。
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