バイバイ黒珈琲
バイバイブラックコーヒー
秋が来た。
少し肌寒くなった風に、一緒になって落葉が舞う。取材で歩く街並みも、夏とは随分雰囲気が変わった。
「あ」
「お」
喫茶店に入ると、一番奥の席に見慣れた姿を見つけた。
「弥勒」
僕が名前を呼んで席へ向かうと、彼は うわぁ、という感じの顔をして(僕に会うといつもそんな表情をする)煙草の火を消して、向かいの空席を足でずらす。座れば、という合図だ。
「…っと、久しぶり」
「おう」
何ヵ月ぶりかの再会だけど、最初の挨拶はそんなものだった。
通りすぎる店員に、珈琲を2つ頼む。
昼もだいぶ過ぎた為か、店内は客も疎らだ。
「…相変わらず元気そうだね」
「…そっちもな」
まだあの変人探偵の処に入り浸っているのかと問われ、最近はすっかりアシスタントとしてこき遣われていて、ついこの間も尾行調査を遣らされたと話した。
「なんかもう、いっそ探偵にでもなろうかなぁ」
「………」
珈琲が席に届いた。弥勒はブラック。僕は砂糖を入れる。
シュガースティックを振り、端を破って中身を注ごうとした瞬間、
「…わ、」
「………」
弥勒にスティックをもつ手を不意に掴まれた。
僕は驚き、弥勒を見る。
「………もう、辞めたらどうだ」
「はぁ??」
意味が解らず、彼を見詰め返す。
「お前があんな成り行きで出合ったからって、そこまであの探偵どもに深入りする必要は無いだろう」
「深入りって…僕は別に」
「兎に角、もうあっちの世界に行くんじゃない」
彼の瞳に熱が隠るのがわかった。その気迫に、掴まれている右腕に、僕は動けない。
人が少なくて良かった。弥勒が顔を寄せて、そっと忠告するように囁いた。
「…戻れなくなる」
そう言って、僕の腕を離した。隣でガタガタと音がした。近くの席に別の客が来たようだ。
「―――冗談だよ」
弥勒は固まる僕をにやりと見て、自分の珈琲を一気に飲み干した。
「ご馳走さん」
飄々と席を立ち、何事も無かったように出口に向かって行った。
僕は急いで珈琲を飲み、彼の後を追い掛けた。
弥勒は喫茶店の外にあるガードレールに寄り掛かって、煙草を吸っていた。
「…珈琲代、」
「…貸しにしといて」
煙草の白い煙が立つ。僕は彼に突きだした手を渋々と引っ込めた。
「なぁ、沖村」
「―――え、…なに??」
少し間が空いた。本名なのに。
弥勒は喉を鳴らして笑う。
久しぶりだった。もう、その名で呼ばれることは無いと思っていたからだ。…彼にも。
「…なんで笑うんだよ」
「別に」
面白いよお前は昔も今も変わらず。
そう言われた気がした。
蓮都:弥勒のいじめっこー。
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