泣くのはお止め
《これより永劫会事件後》
泣くのはお止め。
想いまで消えてしまうから。
「…ほら、もう泣かないで下さいよ…」
何度言ったか知れない文句を繰返し早数時間。すっかり日が暮れ夜になって終った。あまりにこの人が泣き止まないから、五月蝿い、と先生に追い出されて現在に至る。先生は疲れたから暫く寝るそうだ。
ここは事務所から少し出た所。海沿いだから風も塩気がある。山中育ちの私には心地よい風だ。
(昼間だったらもっと海が見えたのに)
道路に沿って伸びる手すりに手を掛け、海である筈の闇を眺める。まあいいか、どうせこれから嫌というほど見るんだから。
「ヒック…グス」
隣から啜り泣く声が消えた。どうやら泣き止んだ様だ。
「…白鷺洲さん」
「はい」
子供みたいに泣き張らした眼が、此方を向いた。後ろを通った車のライトで、はっきりと茶色っぽいのが判った。
「…済みません」
「…どうして謝るんですか」
いえ、と言って、彼は続ける。
「…こんなに声を出して泣いたのは久しぶりでした」
そして小さく、有難う、と言った。
全てを話して、
全てを受け止めて。
彼は何かを得たのかもしれない。
「僕は」
前を向く。私も吊られて真っ暗な先を見た。
「今でも…これからも、澄佳を愛しています」
今までの中で一番はっきりした声だった。
愛する。
「…はい」
私はゆっくりと頷いた。
それでいいと思う。
彼女はきっと、今、彼の中に在るのだ。
「気付くのが、遅すぎたのかな…」
「…またそう弱気になる」
「あっ…済みません」
苦笑する彼は、
「もっと、強くならないとな」
そう言って、目を細めた。
強くなりたいと願う事。
私達は何かを護りたくて、言葉にするのだろうか。
それは誰かだったり
自分だったり
『約束してくれ』
潮風に乗って、懐かしい、愛しいあの声が。
どんな ことが あっても
「強く、つよく、ツヨク」
「………白鷺洲さん??」
「…戻りましょう。“生王”さん」
だから、私は…泣かない。
帰ったら何をしよう。先ずは部屋を掃除して、空気を入れ換えて、何か美味しいものでも作ろうか。
「あの、白鷺洲さん」
「伊綱って呼んで下さい」
「え、あ、い…伊綱さんっ。いや、伊綱くん…かな??」
「掃除するには先生を起こさないと。生王さんも手伝って下さいね」
「ええ!?」
でこぼこだけど、同じ想いを背負った長い影が
暖かい明かりのついた事務所の中へと、吸い込まれていった。
蓮都:2人って案外似た者同士。
.
無料HPエムペ!