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君を愛す




“そうなったら素敵ね”


僕が以前から思い描いていた幸福な未来を息も吐かずに話し終えると、彼女は柔らかく微笑みながらどこか寂しそうにぽつりと言った。


“その貴方のとっても楽しそうな未来の中に、私は居られるのかな”


当たり前じゃないか、だってそうでしょう?この話のヒロインは紛れもなく君なんだから。


彼女は嬉しそうに、本当に嬉しそうに

“よかった、ありがとう”


笑った。

















“君を愛す”


















「…ほら」

真上から伸びてきた腕には、安っぽい透明なライターが握られていた。


生王はそれを礼を言って受け取ると、何度か金具部分を擦って火を着ける。風で消えない様にと手で火種を覆いながら線香の束に点火した。

ふわり、と独特の匂いと煙を巻き上げた束を半分に分けて、後ろに立つ弥勒に手渡す。


「半分いい?」

「………」


弥勒は無言で受け取る。吸っていた、まだ長さのある煙草を携帯灰皿へと押し込めた。



彼女の墓は、墓地の一番頂上にあった。近くまで車を止めて歩いても、かなり急な坂道を10分程登ることになる。

陽射しが暖かい。
よく晴れた春の日だった。


「………」

「………いつ来ても、ここは綺麗だ」


手を合わせ、顔を上げて後ろを振り向くと、そこには溢れんばかりの桜が下の街を縁取る形で咲き乱れていた。

所々の墓からは白い煙がほんのりと流れているが、人の姿は見受けられ無かった。


「…一昨年は、ここに1人で来たんだ」


1人で来て、彼女の名を呼びながら只ひたすらに泣いていた。


「去年は、3人で」


うっかりその事を事務所で話すと、癸生川に“馬鹿者”と一喝された。


“君は何の為に毎年彼女の元に行くのだ。うじうじと泣き言を吐く為か、違うだろう”


よおおし僕も行くぞ準備だ伊綱くんえええ先生今からですかんもう仕様が無い生王さんですね行きましょうか、


今までに無い墓参りだった。何故か麻雀をしたな。縁起が良いらしい。



「それで今年は」


弥勒と2人で、来た。


「…水、掛けたか」

彼は来る途中で汲んだ桶の水を遠慮無く(なんだか罰当たりだ)墓石にだばだばと掛けた。


「わ、弥勒お線香!消える!」

「なんとか守れ」

「なんとかって…」


弥勒は空になった桶を置いて、適当にその場にしゃがんで萎れた煙草の箱をポケットから出した。

生王の方を見て、ライター、と手を出す。



弥勒から吐き出された何時もの煙は、白は同じにしても、やはり供えた香の煙とは違うものだと実感する。


盆の記憶か。夏のじりじりと焼けるアスファルト、蝉の声。


「……昔」

「ん?」


弥勒は遠くの、おそらく街に建ち並ぶビルを眺めながら呟いた。


「一度だけ、彼女と話した事があった」


生王は驚いて いつ、と言いながら彼の隣に座った。


「…いつだったっけ」

「覚えて無いの?」

「…あー…」


でも、と続ける。
でも、言われた事は覚えてるんだ。





“私達、似た者同士なんです”


嫌味無く丁寧に話す彼女のティーカップに添えられた指先から、弥勒はどうしてだか目が離せなかった。


“だから分かる…沖村くんはきっと無理してる…今の私みたいに”


…別れたいのか


“違う、別れたいんじゃ無いの”

“だって、彼が大切だから”
“私は大切なものをもう失いたくない”

“たとえ彼から手を離されたとしても、私はそれでも、彼の手を掴もうとずっとずっともがくわ”


それは1人果ての無い水面に投げ出された迷子のように

私は溺れてしまう、後悔に、虚無感に。


“アイデンティティ・クライシス”…


砂糖の様に、さらさらと溶けて終うのかと思った。


“だからね、お願い”

“彼を 宜しくね”

“私がもしも 消えて終っても”

“彼を、宜しくお願いします”



彼女のそれは、祈りにも似ていて、飛んでみたいと空に請う魚の様な麗しさが、そこには…



「海が見えるね」


潮風が吹く、皆が住む街だ。


きらきらと光の波が見える。


寄せては返す、


僕たちは確かに、繋がっていたんだ



ざっと木々が震え、美しく舞う桜が…煙と共に空気の中に溶けていった。








僕は忘れない








“僕は 君を 愛す”









「帰ろうか」


最後に少しだけ捕らえた、彼女の空気を背中に感じながら。







END.





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