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女ってやつは… 前編


あ〜あ、折角の休みだったってのによ。
すっかり遅くなっちまったぜ。
これじゃあ眉間に深い皺も出来るっつうの、いい男台無しだぜまったく。



頭ん中で不平たらたら漏らしていた俺は、すっかり暗くなっちまった里への道をひたすら急いでいた。
「あ、うん」の門に続く森の中は無気味な位にしんとして、自分の足音だけがやけに響いている。
この辺の森の中を月明かりだけを頼りにすいすいと歩くなんざ、俺達木の葉の忍ぐらいだろ。
俺は慣れ親しんだ道のりを迷い無い足取りで足早に歩き続けた。


しっかし…オヤジの奴、めんどくせぇ事人に押し付けやがって…

上忍べストのポケットに手を突っ込むと、指先に感じる滑らかなビロードの感触。
折角の非番だ、昨日はあれこれ本を読み漁って夜更かしして、今日は昼過ぎまでのんびり寝たおしていた所を無遠慮なオヤジに叩き起こされ、めんどくせぇ用事を頼まれた。
その用事がこれだ。
何だかんだと夕方近くなってから里を出て、わざわざこのビロードの小さな箱を火の国市街地にある宝石店から受け取って来たわけなんだが…
どこに臍繰り隠してたんだか知らねぇが、中身はちょっと値の張る指輪だった。
いや、ちょっとっつうか、はっきり言って領収書の金額見てビビったけどよ。
これでオフクロの機嫌直んなきゃ目も当てられねぇ。
エロ親父、いい歳こいて若いネェちゃんにデレデレしてっからこんな散財させられんだぜ?
弟子っちゃ弟子かもしんねぇけど、家に招いてオフクロの作った飯食わしといて、目の前でデレデレデレデレ鼻の下伸ばして胸の谷間がん見してりゃ、オフクロだって内心キレるだろ。

それにアレだ、息子を夫婦喧嘩に巻き込むな。
何が悲しくて俺が冷戦状態修復要員にされなきゃなんねぇんだよ。
女房に贈るもんぐらい自分で取りに行け。

っつうかオヤジ、良くあの目付きのワリぃ悪党面であんな店に顔出せたよな。
あのツラでショーケース物色してりゃ強盗と間違われて役人呼ばれかねねぇだろ。
はあ…思い出すだけで肩凝るぜ、あのハイソでインテリくせぇ店構え。
店内に一歩足踏み入れた途端、あんまりに場違い過ぎて流石の俺もビビったっつうの。
ちょっとばかりキョドってたら店員の女の子にクスッてやられちまったしよ。
チッ…こっぱずかしぃ。
そういや、クスッて…なんかあの色白露出狂のサイみてぇな笑い方だったな。
でもよ、品のある黒いパンツスーツに目の覚めるような純白のブラウス、細い首に薄い水色のスカーフなんか巻いて、見るからに清楚な感じで、気があんのか店の奥にいたモヤシみてぇな男の店員がチラチラ見てたっけ。

なんか…結構可愛かったよな………



って……オイ!今なんか俺ドキッとしなかったか?
つぅか、何で着てるもんまでしっかり覚えてんだ。
しかもなんだよこの、ボンヤリと紗のかったようなキラキライメージは…おっかねぇ。
しっかりしろ俺。清楚だろうが可愛かろうが女は女。
めんどくせぇ生きもんだって知ってんだろ。
オフクロがいい例だ。見た目清楚で上品そうに見えて、あのホホホって笑う口元とは釣り合わない冷酷な目でいつもオヤジの心を瞬殺してんだろうが。
あれはマジおっかねぇって。

あぁ…なんか、考えてるだけで気が萎える。
やめだやめ。さっさと帰って寝るぞ俺は。
てか、飯もまだだしよ。



森の出口はもうすぐだ。
ここを出ればだだっ広い草原に出る。
あとはなだらかな坂道を下っていけば里の門は近い。
筈だったんだが…

「あ?何だアレ」

森の出口のちょい手前で、木々の間に見える白くボンヤリした何かが目についた。

オイオイ…暗闇に浮かぶ白い影って…なんか不気味じゃねぇか。 幽霊か?…なんっつて、んなわけねぇだろ

自分でツッコミ入れつつ、向きを変えてその白い物体の方へ俺は近づいた。
するとめんどくせぇことに、やっぱりそれは人だった。
しかもそいつは紐みたいなもんを一生懸命木の枝に引っかけようとしている。

ったく…首くくろうってのか?

めんどくせぇし、気分はこのままほっときたい所だったが、やっぱそんな訳にもいかねぇ。
もしこいつがほんとに死ぬ気だったら、明日の朝一で遺体回収なんざ頼まれちまって後味悪い事になりかねねぇし。

「しかたねぇなぁ…」

どれ、まずはこの傍迷惑な奴のツラでも拝んでやるか。
そう思って、俺はわざとデカイ足音を立てて近づいていった。

「おい、あんた。こんな所で何してんだ」

音と声にビビって動きを止めたそいつは、背格好と髪の長さから女だとわかる。
上半身は白いブラウスか何か着てるらしくボンヤリ浮いて見えるが、下半身は何か見えねぇと思ったら黒いパンツ姿らしかった。
森に分け入る様なカッコじゃねぇし、里のもんって感じでもねぇ……
こりゃヤッパ自殺志願者か。

「あんた、その木の枝に引っかけようとしてんのは何だ?」

身を竦めて縮こまる無言の背中に問いかけるが、反応は返ってこない。
少しずつ間を縮めながら俺は声をかけつづけた。

「悪いが首くくるんならそれじゃ役不足だと思うぜ?長さが足りなくて首吊り用にはならねぇよ」
「…………………………」
「それにどうやって枝に引っかけんだ?あんたチッコイし、どうやったってとどかねぇんじゃねぇの?」
「…………………………」

ほんと、役に立たねぇって。
短いし枝まで届かねぇだろ。
そいつが手に持ってる紐みたいなのを良くみると、どうもそれはスカーフみたいだった。

…あ?スカーフ…

俺はそこで妙な引っ掛かりを覚えた。
更に近づきつつ、その妙な引っ掛かりが何なのか首を捻りながら、目の前で縮こまってるそいつをよ〜く観察する。

スカーフ……水色か?
水色のスカーフ……で、白いブラウス……黒い……黒いパンツ?
これって何処かで……見た、組み、合わせ…



「あっ!!」

思い当たって声を上げたのと、そいつが振り返ったのは同時だった。

「あ〜っ!あんたさっきの」

思わず叫びもするだろ。
思い当たった通り、目の前のそいつはさっき行った宝石店の店員だったんだからよ。
向こうも俺がだれか気付いたらしく、一瞬目を丸くした。
俺をじっと見て記憶を辿っているようだった。
だが…

「えぇ…っと…あなたは…木の葉の…奈良…シカク様…」
「なっ!?」

一生懸命記憶を辿った末に出てきたその名前に、俺は一瞬脱力した。
いや、予約は当然オヤジの名前でしてんだから間違っちゃいねぇ。
俺の名前は知らなくて当然だ。
けど何だか知らんが、気付けば俺は妙に力を入れて否定していた。


「違う!それはオヤジの名前だ。俺は息子の奈良シカマル、シカマルだ」

言ってから何かこっぱずかしぃ気がしちまって、照れ隠しに首をガシガシ掻きむしる。

あぁ〜あ、何だよ俺。名前なんかどうだっていいじゃねぇか。

自分に呆れちまって、チッと舌打ちした。途端、

「ごめんなさい…シカマル様…ですね。間違えてしまって…」

その子はいきなりガバッと頭を下げて、済まなそうに謝り出した。


「あ〜いや、別に悪かないって、オヤジが注文したんだからオヤジの名前でサインしてんだし…あんたが俺の名前知るわけなくて当たり前だからよ」

また!なんだよ俺。声上ずってるじゃねぇかよ、みっともねぇ。 落ち着けっての。

「あ〜…つぅか…その…」

俯いちまった相手にバツが悪くて、上手く言葉も出てこねぇ。
あぁ〜、くそっ!

「あんたん家どこだ、名前何てんだ?」

唐突に口をついて出たのはそんな質問だった。
名前はともかく、何で住んでる所まで今聞いてんだよ俺っ。
なんか怪しいっての。

「私…ですか?…」
「あ〜っ、いや別に俺は…」

小首を傾げてこっちを見る姿が不審がってる様に見えて、俺は慌てて否定していた。
なのに、

「住まいは店の近くのアパートです。名前は…樋口菜摘…と言います…」

あっさりと答えが返ってきたもんだから拍子抜けした。

「あ?……そっ、そうか」


はぁ…調子狂うぜ、めんどくせぇ。


……ん?だけどよ、何で俺より先にこんな所まで来れたんだ?
どう考えたって俺より後に店出てきた筈じゃねぇの?

「……あんたさ、ここまでどうやって来たんだ?俺より早くここまで辿り着いてるって…どんだけ足早ぇのよ」

まさか忍って訳じゃねぇよな…なんて思いながら質問すると、菜摘は「はぁ…」と溜め息をついた。
それからおもむろに開いた口から飛び出した言葉に、俺はゲンナリしちまった。

「あの…私、店の入っているビルの屋上から飛び降りたんです。そしたら……何か鳥みたいなのに乗って飛んできた男の子に途中で拾われちゃって……」

鳥みたいなのにって…まさか…
つぅか、ここらじゃアイツしかいねぇよな……

答えはほぼ解ってたが、俺は一応確認してみた。

「……それって、妙に腹を露出させた色白の男か?」
「あ、はい。たしか…サイ…さんって…」

やっぱりそうか。
随分タイミングいいじゃねぇかサイの奴。
任務帰りか何かだったのか。


「で、…あんたは何でか知らねぇが死にたかったわけだ。だけどサイに偶然拾われたと。」
「……はい…サイさんに拾われて、ここまで連れてこられて…」
「で?」
「…死にたいならここで首でも吊れば?…って…」
「………………」

オイオイ。何だよアイツ。
拾った命をもう一度捨ててくなんて、何考えてんだ?
訳わかんねぇ。
まぁ……いつも死と隣り合わせの俺達にしてみりゃ、自分から命投げ出そうなんてやからは到底許しがたいのは確かだけどよ。 だからって、まず説得位は試みたっていいじゃねぇか。
相手は可愛い女なんだしよ…

……って…だから!何で可愛い女とかって言っちゃってるんだよ俺!

「あ〜〜……っ、解った、兎に角これじゃあんたは死ねねぇわけだし、とりあえず里まで一緒に来い」

自分の頭の中がハズカシくて柄にもなく落ち着きを無くした俺は、ごちゃごちゃ話してるのもめんどくせぇし、勢い付いて目の前の菜摘を荷物みたいに肩に担いだ。


「えっ!?…きゃっ!…」
「黙ってろよ、舌噛むぞ」

ジタバタと慌てる菜摘を無視して、俺は一目散に里を目指して走り出した。


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