いつもぐるりとまわりを囲まれ、殴り掛かられたりなんて慣れっこだった。 自分に一対一で挑もうなんていう人間には遭ったこともないし、囲まれたら相手が3人だろうと10人だろうと、こちらは一掃してやればいいだけのこと。 僕からしたら他人が飛び掛かってきたとしても、それはまるで止まっているのと同じに見えるのだから。 ただ今回は油断していた。 昼休みに、散歩でもしようかと中学校から外へ出て、静かでお気に入りの道をぼうっと歩いた。 入り組んだそこで煙草を吸う奴らがいた。僕は通りすぎようとしたのに一人が近寄ってきて、路地に押し込められ、トンファーを構えた。 けれど隙を見せたせいで、背後から他の男に両腕を捕まれて脇腹に一発。当然暴れるも、腕を掴んだ指はやたら強く振りほどけなくて、今度は頬をぶたれて唇の端が切れた。 男はたった4人だった。 ひたりと冷たいそれが、小さめのサバイバルナイフが、首筋に触れた。背筋から脳天までを駆け登る悪寒に僕の頭はやけに冷静でいて、顎を掴んで何か言う男の顔を無表情に見つめた。 殺すのだろうかと隅っこで考えたが、ここは日本で、相手は殺人を犯すほどの度胸が有るようには見えなかったし、第一この僕が、殺されるなど、ありえないという結論に行き着いた。 だから冷静でいたのに、ナイフは左の大腿部のズボンにゆっくりと切り込みを入れ、それは布だけではなく、足の肉にまで及んできていた。 ぴり、と走る痛みはじわじわと増し、僕は思わず歯の根を噛み締めた。もしかしたら足を切り落とされるのかもしれないだなんて、あまりの痛みにばかなことを思った。 僕に傷をつけるなんてありえない。 大腿からはだいぶ血が流れているようだった。ナイフの刃先を伝い、男の指にまで伝い、焦ったらしいそいつは凶器を取り落として、他の奴も動揺して僕の体は呆気なく解放された。 がくりと地面に着いてしまいそうな膝を叱咤して、まずは背後の男の鳩尾を蹴りあげた。 左右の男も逃げようとしたので、思いきり下から顎を自分の使い慣れた獲物で殴り、手を僕の血で汚して腰を抜かしていた奴は傷つけた恨みを込めて何度か頭を殴った。気絶しそうになったのを見て更に数発、おそらく前歯が折れるであろう力量でトンファーを振るい、地面にたたき付けた。 はあはあ、息があがる。 わずかに顔に飛んだ返り血を手の甲で拭って、少し離れたコンクリートを背にして座り込んだ。 (いたい、) 思わず携帯を開いていた、いつも着信ばかりを残す番号をダイヤルし、数コールで応じた声に安堵した自分がいる。 は、と息を飲んで、名前を呼んだ。 「ディーノ、」 自分でも驚いている、指先が震えていた。 知らないうちに気を失っていたみたいで、ここは見慣れた白い部屋。 嗅ぎ慣れたにおいは病院でも自分の家でもなく、あの人が日本にいるとき利用するホテルのにおいだ。 「おきた?」 声のするほうに顔を傾けたら、少し不機嫌なディーノがベッドのわきに座っていた。 大きな手が僕の頬を包む。親指が口端にふれて、小さく痛みを走らせたあと下唇をなぞった。 労るような口づけを黙って受ける。 「マジで心配した…」 情けないのはいつものことだけど、長い前髪を耳のほうに流して頬っぺたに触れたら泣きそうな顔をしてる。 「…草壁に恭弥のいそうなとこきいて、携帯鳴らしたら、あんなとこで」 唇を引きむすんで見つめてくるひとみが濡れて、それを見せるまいとしてか、僕の首筋に鼻をうめた。 よかった生きてて、なんてもごもごと清潔なシャツからきこえてきた。 どうしてあなたが泣くの。 鼻をすするみたいな音がして、髪の毛を引っ張ったら涙目のディーノがいて。 「ディーノ」 やわらかい金髪から覗くその目にどうしようもなく、何かが込み上げた。 きゅ、と心臓や肺じゃなく、胸のあたりが締め付けられて、気付いたらそのまぶたに唇を押し当てていた。 「恭弥?」 「泣かない、で」 「え、ぇえ?恭弥?」 ディーノのまぶたは熱を持っていて、ふれたら僕の視界までが滲んできた。 じわりと浮かぶ熱いこれはなんだ、わけがわからない、喉が震えた。 「ぁ…、う、いやだ、見、るな、」 シャツの袖で拭っても拭っても、ただ大きなシミをつくるばかりで、目から流れるそれが頬にまで浸水してきた。 自分が泣いている。 両目を覆ったらディーノが被さるように抱きしめてきて、強く強く抱きしめられて、とまらない、これはなんだ。 「怒ってたんだけど、なあ」 目元を隠した手をディーノの力強い指がからめとってしまった。 困ったように優しく笑うその顔が、情けないのではく、僕の胸を締め付けるのだ。 こんなに情けない僕を見てしまわないでディーノ。 「愛してる」 「…意味わかんない」 顎まで伝った僕の涙を舐め取ると、また唇を指がなぞる。 きんいろの睫毛が伏せられて、そこへキスが降りてくる。 「…ん」 深くて、このまま食べられてしまいそう。 ごそ、と布団の中でシャツの裾から手が入ってきて、肩がゆれた。 表情がわからないほど近い距離でディーノが囁く、同じ言葉を。 「抱いていい?」 「なに、いまさら」 だよな、って笑うディーノがいつものディーノで安心した。いや、いつもと変わりはないん、だけど。 「足痛いだろ?」 「平気だよ」 「お前ってやつは〜」 「何なの。気持ち悪いな」 ベッドに乗り上げたディーノが掛け布団をめくった。 何で僕、下半身に下着しかつけてないんだよ、と頬をつねると、痛いと言いながら僕の大腿の患部に巻いてある包帯へ触れた。 「痛かったよな」 そんなに激しい痛みではなく、ちりちりした感覚が這う。 「ごめん」 「どうしてあなたが謝るの、」 「好きだから。恭弥が愛しくて、たまらない。だから傷つくと俺も苦しいし、どうして守ってやれなかったんだろうって、憎くて、自分が腹立たしい」 そういうものなの。と開きかけた口を再び塞がれた。 僕の足に傷をつけた奴への嫉妬をかいま見た気がして、目を閉じた。 咥内に侵入した舌が僕の舌を根本まで舐めつくして唾液がまじりあう。 ワイシャツを胸まで捲くりあげると脇腹を指が往復した。 そのまま下着の中に綺麗な指先が入ってきて、きゅうとそこを揉まれる。あっという間に自身がたちあがって、鼻から声が漏れてしまう。ねだるようにはしたない息が抜けてしまう。 どうしようもなく気持ちが逸っている気がする。 「っン…ん、ゃ…、」 ディーノの肩をシャツ越しにぎゅっと握った。 腰がびりびり痺れ、る。 「…恭弥。俺、よゆーないかも」 自身の先走りに濡れた指が、後ろの入り口でぬるりとうごめいた。 「ん、う、」 はじめ指が入ってくると、からだが拒絶しているのがわかってすこし、僕でも悲しくなったりするんだよ。 余裕がないと漏らしたディーノの動きは本当に早急だった。 その動きにあわせて深く呼吸して、僕もつとめて自分の体をほぐしていく。 後孔の抵抗がなくなってきたら指を引き抜いてベルトを緩めて前を寛げる。 「大丈夫?」 「いいから、」 ディーノの首にしがみつきなおして息を吐く。怪我していない右足を肩にかつぐと自身をしごいて僕のそこへ押し付けた。 思わず息がはやまってしまって。 ぐ、と押し入るそれに喘ぐ。 「あ、っあ、…っ」 ディーノがさいごまで入った感覚に目を開けたら、一息ついて眉間にしわをよせているところだった。それは荒い。 僕の額に口づけながら、じりじりと抜き差しして、そこはあまりに熱くて恐いくらいだった。 「恭弥の中、熱い」 はあ、と耳に吹き込まれ、僕まで漏らしそうになった声を隠そうと口元を覆う。 けれどディーノが両手を頭上でひとまとめにしてシーツに縫い留めてしまった。唇を噛めば口をとがらせて舌で舐められた。 「愛してる。ぜんぶ、きかせて」 にやり。やらしく笑みを浮かべたのを境にして、右足の膝裏をつかんで高くあげると奥でディーノがえぐった。 たまらず叫ぶ。 強く食い込んだその指が痛いのに気持ち良くて、ディーノになら切り刻まれてもいいと思う。 僕のすべては僕のもので、ディーノのものなのだ。 こんなこと考える僕のことわかってる? (傷つけていいのもあなただけ) 見上げる。 視線がぶつかってそらせない、ああ、と納得した。 (いとおしい、) |