「ぜーろりんっ」
「…………」
「ぜろりーん?」
私が名前を呼んでいるのに綺麗に無視してくれている人識は自分のナイフの手入れをしていた。もちろん私はそんな状況が面白くないわけで、ナイフに視線を落としている人識の横顔を見つめながら、その名前を連呼した。本当は人識がこの呼ばれ方をするのが嫌いだと分かっていて、私はあえてこの呼び方をしている。どちらが悪いかと言えば、まあ私だろう。だからといって無視をされると人間頭に来るもので、私はむきになっていた。
「ぜーろーりー」
「うるせえ!!」
人識の横まで近寄った私は、その耳元で大声で名前を呼んでやろうとしたが、私の言葉は私より大きな人識の怒鳴り声でかき消された。人識の声の方が煩いよ、怒鳴ることないじゃん。私はそんな悪態を脳内でつきながら、少し浮かせていた腰を下ろして私を睨んでいる人識と向き合った。
「しつけーんだよ」
「だって、ぜろりんが無視するんだもん」
「だぁから、その呼び方すんなって言ったろ!」
「いーちゃんが呼んでも怒らないくせに」
私の呟きに「うるせー」と溢した人識は再び視線を私からナイフへと移した。手入れはどうやら終わっているようで、人識は指先でナイフを回して遊んでいた。私はそんな人識に、こんな危ないことよくできるなと感心しながらもその指先を見つめていた。
「ねぇ」
「…………」
「ちょっと、まだ怒ってるの?ごめんて」
「…………」
「無視しないでよ」
「…………」
「人識」
何度話しかけても返事をしてくれない人識に泣きそうになりながらも、その名前を呼んだ。すると人識はくるりと体ごと私の方を向くと、にっこりと笑った。
「なに泣きそうな顔してんだよ」
「だって、人識が無視するから」
人識が反応を返してくれたことに安心した私の頬に溜まっていた涙が一粒流れた。するとさっきまでナイフを弄んでいた人識の綺麗な指が伸びてきて、私の涙を掬い上げる。
「悪かったって」
優しく微笑んだ人識はそのまま手を持ち上げ、私の頭を優しく撫でてくれた。その手の暖かさに安心した私はますます出そうになる涙を必死で堪える。きっと今の私の顔は真っ赤だ。
「ばかぁ」
私の言葉を聞いた人識が「かはは」なんて笑うから、私もつられて笑顔になる。そんな私を見た人識は、私が落ち着いたと判断したのか私の頭に乗せていた手を下ろた。その手が床に置いてあったナイフに触れると、それを拾い上げ再びナイフを弄び始めた。たぶんそれはもう癖なんだろう。なんとも人間失格の殺人鬼らしい癖ではないか。
「人識は何で人を殺すの?」
「何度も説明したろ?」
「うーん、そうなんだけど」
私は人識に何度もこの質問をしている。人を殺すということについて人識は色んな例をあげながら説明してくれたが、どこか理屈っぽい人識の説明は私には難しすぎた。私はそれが分かるような気もしているが、実際は全然理解できていないと思う。まあ理解できなくて当然なのだろう、だって私は殺人鬼じゃないのだから。
「じゃぁ、さ」
「ん?」
「私のこともいつか殺すの?」
私の言葉に人識は一瞬驚いたような反応を見せた後、妖しく笑った。右頬を覆う刺青が大きく歪む。
「ああ、名前のことは俺がちゃんと、殺してやんよ」
私の耳元でそう囁いた人識に、なんでか愛してると囁かれた気分になり嬉しくて人識の顔を見つめながら微笑んだ。すると急に真剣な表情になった人識の右手が私の頬に優しくあてられたので、私は黙って目を閉じる。
人識が動く気配がした後、ゆっくりと重なった唇の感覚に反射的に肩を震わせると素早く人識の舌が私の中へ侵入してくる。私は酸素を求めて必死に隙間を作ろうと口を開くのだが、それは全て人識によって塞がれてしまった。息もできないようなきすだった。
君の二酸化炭素でさよなら
(私の死因は窒息死だと思う)
091004
戯言シリーズ
零崎さんちの人識くん好きです。
氷雨様捧げます。