想い出は昔の香りに、鍵をかけて。 あの日、僕らは叶わない約束をした。 永遠なんてどこにもないのに。 僕らは世界に二人ぼっちだったのだ。あの日までは。 彼女がいなくなった部屋はカラッポで、冷たかった。 二人で選んだ向日葵のカーテンは、白いレースへ変わった。 オシャレな食器棚の中には、白い食器ばかり。 さまざまな色にあふれていた僕たちの時間は、一瞬にして真っ白に変わってしまったのだ。 何もかも初めに戻った部屋。 彼女といた時間は僕のなかにしかない。 「おかえり」 壁にかかったコルクボードに、とめられた丸い文字。 僕には、あの文字が外せない。 もう僕には『ただいま』を言う相手がいないのに。 僕を包む白いシーツは、お日様の匂いがした。 彼女の香りは太陽にもっていかれたのか……。 枕元に置いてある、透明な箱の中には二つの小瓶。 一つは僕の、もう一つは……。 冬が近づくこのころは、街が冷たく僕をみる。 コンビニで弁当と水を買って部屋にもどる。 古びたポストに、青い封筒がひっかっかっていた。 封筒を破ると、一枚の便箋と……鍵があった。 「お久しぶりです、元気ですか。 なんて……他人行儀すぎるかな。 貴方はきっと私を許してはないよね。 一緒にいるって約束したのに、守れなくて、ごめん。 さみしがり屋の貴方はきっと一人で、時間が止まった部屋にいるのよね。 私たちは、あまりにも似すぎていて、一緒に居すぎたと思う。 私、貴方といる幸せすぎる時間がこわかった。 このままじゃ、駄目だと思ったの。 私、貴方に甘えすぎてた。 貴方から自立しなきゃと思って。 でも、それが貴方を傷つけたのよね。自分勝手でごめん。 こんなこと書くつもりじゃなかったのに。 鍵を、返したかったの。 もう、私には必要ないから。 あと、ガラスの小瓶。捨ててしまってもいいよ。 私には持っている勇気がないの。 貴方のこと、嫌いじゃなかった。 でも、忘れないでなんていうのはずるいから言わない。 忘れてください。 私は、新しい自分になるから。 追伸 ちゃんと自炊はしないと、だよ。 コンビニ弁当ばかりは、体によくない。 健康第一! 」 彼女の影ばかり探している僕は女々しいのか。 僕より男らしいな。 コンビニ弁当……。 手元のビニール袋を見下ろしてため息をつく。 ガラスの小瓶を入れた箱に鍵をかける。 そしてその鍵を窓の向こうに投げた。 「好きだったよ」 続けたさよならは風にとけた。 昔の香りは新しい香りに。 昔の想いは新しい想いに。 |