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-灰色の空が酷く寂しく見えた。
窓にぽつぽつとあたった雨の音が心に落ちる。窓の向こうに色とりどりの傘が咲いていくのが見えた。
友達と楽しそうに歩いている学生、ひとつの傘に入っているカップル、片手で頭をかかえ急ぎ足で帰るサラリーマン……。
ぼんやりと眺めながら、そういえば先輩は今頃、彼女と二人で傘に入っているのかな……と考える。
綺麗に揃った黒髪が特徴の可愛い彼女……。先輩の隣がよく似合ってて……。
そこまで考えてから、もう考えるのは止そうと頭を振って、机に突っ伏した。
目を綴じて、雨の音に耳を傾けると、少しだけ心が落ち着いて、周りの音が小さくなっていく。
静かな雰囲気にうとうとと眠りに近づいていたら突然、頭上からぽとりと声が降ってきた。
「すみません」
ハテナと眠気でぼんやりしている頭を起こすと目の前に男の人が立っていた。
白いYシャツに黒のネクタイが似合ってて、黒ぶちの眼鏡が妙に引き締まった感じを醸しだしている。
まだ頭がぼーっとして、見上げたままの俺をつまらなさそうに見下ろしたその人は、もう一度声を落とした。
「すみません、本を借りたいんだけど」
「……あ。す、すみません。今すぐやりますから」
はっとして、立ち上がった俺に黙ってずいと本を差し出す。
怒らせたかな……と肩を落とした俺にまた声が落ちる。
「君、何か悩み事でもあるの」
「え……」
驚いて、顔をあげたまま固まってる俺にチラリと視線を投げてから、窓に目を移した。
「そういう顔してたから」
「そんな、こと……」
どうして、急にこの人はこんなことを言うんだろう。
焦って、言葉に詰まると彼は、興味なさそうな目をしたまま
「別に僕には関係ないけどね」
と呟いた。
ぽつん、ぽつんと言葉を零す彼に、何故か、変な緊張感がして、本の貸し出しの手続きをたどたどしく終わらせると、どうぞ、と差し出した本を受け取ったその人は眠そうに俺を見つめてもう一度問うた。
「君はいつもこの図書館にいるの」
「え。……えっと、いえ。いつもはいないです……」
「ふうん。手伝いか何か?」
「え、あ、はい……そうです。友達の姉がここで働いているので……」
そう……、とだけ呟いて本の表紙に目を落としたまま、黙って立っている彼を見ていると、顔をあげた彼と目が合う。
緊張が全身に広がって、どぎまぎして視線を足元に向ける。ど、どうしよう……。
どうしていいかわからなくて、内心パニックになっている俺の上に小さな溜息が聞こえた。
「悪かったね、」
え、と顔を上げると彼が背を向けた。
「あのっ」
立ち止まって、首だけで“なに”と振り返った彼と目が合って、言葉が詰まる。
「えっと……」
何か言わなければ、何か言わなければと、必死に頭を回転させて何か言葉を探す。
「早くしなよ」
あわあわして何も言わない俺に痺れをきらしたのか、また俺に背を向けて立ち去ろうとする。
「ま、待って」
「なに……」
不機嫌そうな声に逃げ出したい気持ちになったけど、ぐっと唇を噛んで彼を見る。
「また……来ますか」
「……ん。本を返しにね」
眠たそうにふわぁと欠伸をした彼を見たまま、もう一度、
「また……会えますか」
そう訊いた俺を見て、一瞬目を丸くしたかと思うと、微かに微笑んで“またね”と去って行ってしまった。
俺からこぼれた、「さよなら」と言う言葉は空気に溶けて消えてしまったのだった。
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