ありがとうを君に(※不二)
僕を好きになってくれてありがとう。
「なまえ、僕だよ」
「あ、周くん?すごい、久し振りだね」
花のように笑うなまえ。彼女の何気ない一言に僅かな自責の念を感じる。
「大会が終わったからね。これからは毎日来るよ」
毎日なんて、と言いながら嬉しそうに微笑むなまえ。
時が止まれば良い。
「聞いて周くん、あのね、明日退院して良いって。許可がおりたの・・・嬉しいな」
「え?」
驚くしかない。だって傍目から見てもなまえはやせ衰え、顔色も良くない。
今にも病室の白い壁に飲み込まれそうだ。
でも嬉しそうに時計を気にするなまえを見ていたら、僕は頷くしかなかった。
退院した次の日、僕はなまえの自宅を訪ねていた。
「周助くんが我が家にくるのは久し振りね」
おばさんが嬉しそうに笑う。その笑顔は母親だけあってなまえにそっくりだ。
「お母さん、部屋に上がって良い?」
「あら、じゃあ周助くんよろしくね」
「はい」
不安そうに見上げるおばさんに僕は軽く頭を下げた。
「ずーっと寝てたから階段も一苦労…」
「ほらなまえ」
「ヒャア!?もう、重いよ?」
辛そうななまえを横抱きにした。
「僕だって鍛えてるんだから50sだろうと軽いよ」
「そ、そんなに重くない!」
お互い笑い合う。
でも、抱き上げた瞬間思わず身体が強張ってしまうほど軽くなったなまえ。
ゾッとした。
時間は着実に過ぎているのだと、実感する。
僕はまだ伝えてない。
君が好きだと。
退院してから数日後。
「なまえ・・・!!」
なまえが倒れたと聞いて病院に駆け付けた。
「周助くん・・」
青ざめたおばさんの顔。
なまえは横たわって音を立てて息をするばかり。
まだ伝えてないんだ。
「これ以上は・・・」
医者が首を振る。
「なまえ!!」
おばさんの隣りに膝をついてなまえの手を握った。
「おか・・・しゅう・・」
酸素マスクの音とヒューヒューなる息遣いで声が聞こえない。
「なまえ!?」
看護士が酸素マスクを外した。
「ごめ…ありがと…」
一言呟くとなまえは息をすることを止めた。
ねぇなまえ、なんで『ごめん』なの?
「なまえ・・・」
何故だか涙は出なかった。
結局最期まで伝えられなかった。
いや、伝えなくて良かったのかもしれない。
自らの最期まで気を遣って謝る彼女だからこそ、僕の想いは重いだろう。
死にゆく彼女に、僕の言葉は重く痛い。
でも、どうしてだろう?
そう言い聞かせても、やっぱり後悔するんだ。
伝えていれば良かったと。
次の日に通夜は行われた。
「周助くん、これが・・・」
おばさんが差し出したのは折り畳まれた白いルーズリーフ。
「これは・・・?」
恐る恐る開く。
「なまえの部屋のゴミ箱にあったの・・・」
久し振りに見る小さく整ったなまえの文字。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
周くんへ
私を好きになってくれてありがとう。
私も周くんが大好きです。
大好きだから、この手紙はやっぱり捨てます。ここからは私の独り言。
ゴメンね、先に死んじゃって。
ゴメンね、一緒にテニスできなくて。
ゴメンね、病気に勝てなくて。
ゴメンね、いっぱい交わした約束、何一つ果たせなくて。
ゴメンね、好きって言わない私を許して下さい。
周くんがもし、この手紙を読むようなことがあれば私への気持ちと私の気持ちは忘れて下さい。
周くんには未来があるから。
でもこれだけは忘れないで欲しいな。
私、結構幸せだったよ。だから周くんの気持ち、嬉しかった。
ありがとう。
なまえより
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
本当は僕も何となく気付いてた。通じ合っている想いに。
でも、二人が生きていなきゃこの愛に意味はないと思った。
死の影は待つことなく時間の流れとともにやってくる。
この愛を形にしてしまったら、今度は彼女の死を自分が受け入れられなくて狂うんじゃないかと思った。
結局僕は自己保身しか考えていなかった。
なまえはそんな臆病な僕に気付いてた。やっぱり最後まで君は優しい。
こんな僕にありがとうと言ってくれるの?
「なまえ・・・」
僕はなまえが死んで初めて泣いた。
こうなって初めて言える。
僕も幸せだったよ。
やせ衰えていくなまえをただ見ているしかなかった日々も、あんなに辛いと思った日々でも、君と過ごした大切な思い出だから。
ありがとう。
こんな僕を好きになってくれてありがとう。
僕はなまえを好きになって良かった。
ありがとう。
こんな私を好きになってくれてありがとう。
私、周くんを好きになって良かった。
ありがとう
悲しい結末だけど、きっといつか心からそう思えるくらい僕は大人になっていくよ
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