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さあ次は誰に付こうか

「要りません」

 突きつけられた物を、少年は頑なに断る。その目の形は断固として変わる気配を見せない。
 突きつけた男性はやや躊躇ったように眉を寄せる。気まずいような後味の悪さが男の足元から忍び寄ってくるのが感じられる。
 男の手にある物は、人間を象った――もっと言えば警官の制服を着た――キーホルダーであった。しかし、それはどんな美辞麗句で飾ろうが、どこからともなく裂け目がピシリと入り、直ぐに地がぼろぼろと出てしまう、それほどまでに衝撃的かつ個性的なマスコットキーホルダーであった。

「個性的だと褒めたんだろう? だからお前に――」
「先程申し上げたことを再度言わせていただきますが、“要りません”」

 先程より他人行儀さが増した気がするのは気のせいであろうか。菅はばつが悪そうに原因であるキーホルダー――二代目ハンナちゃん――に視線を遣る。彼女は邪険にされてるにも拘らず、自身の使命であるキーホルダーの役割を続行している。本来ならこの警官二人も二代目ハンナちゃんのように自身の仕事に全うすべきなのだが、いかんせんこのキーホルダーのお陰で仕事に戻れないという非常に厄介な事態に嵌ってしまったのである。

「俺がそんなの持っていたら良い笑い者になってしまいます」
「それは誰だって当てはまるだろう。せめてお前の所で処分してやってくれ」

 菅は更に滑らかで柔らかい声でキーホルダーを揺らす。グライフトはいかにもそのキーホルダーが嫌いらしく、「何故俺がですか」と不貞腐れたように言ってやる。
 何故、阿呆らしい質問だ。自分の所で燃やすなりの処分をすれば、このマスコットを熱狂的に愛して止まない輩達から何をされるか予想もつかない。21世紀日本にモンスターの類が蔓延っているとなれば、尚更。
 しかしグライフトはそんな事情など全く知らず、自分の我を貫こうとする。まだ子供なので聞き分けが中々効かない。そう思って菅はまた、溜息をついたのであった。
 ――グライフトが微妙に焦っているのにも気付かずに。

 そうして場所を移せば、先程の鈍そうな剣呑とした空気とは一変、非常に優雅で優しそうな雰囲気を出した二人の若者がいた。

「助かりましたよ」

 黒髪の少年が体温よりやや低い笑みを浮かべ、相手に礼を言う。その相手は全体的にツンとしたような印象を与え、どこかヒンヤリと冷めたように見える。二人共ひょろりとしているので、何だか私たちとは遠そうな、人間離れした空気がそこだけ循環しているように見えた。

「気にしなくていいよ。面白かったし」

 黒髪に対して、色素の薄い青年は些細なことのように彼の言葉を受け流す。しかし最後の言葉にはどこか悪戯を企んだ小学生染みたような愉快さが溶け込んでいる。
 それを見た少年――飛鳥――は何かを回想したように、視線をずっと高い青空へ向け当時の自分とシンクロしたように目を閉じた。

「全く、困りましたよ。行き成りあのような物をシュヴァルツシルトから押し付けられてしまい……」

 嘆かわしいのか、“あのような物”を再度思い出し頭を垂れる飛鳥。岸和田もそれに同感したらしく細い首を何回か縦に振る。
 この二人の会話で気付いた人もいると思われるが、飛鳥が言っていた“あのような物”とは

「僕も最初はビックリしたよ。だって、何で飛鳥が二代目ハンナちゃんなんてそんなレアな物持ってたのか」
「私も驚きました」

 そうである。崇徳飛鳥はグライフトから二代目ハンナちゃんキーホルダーを押し付けられ呆然としていたところ、偶然通りかかった岸和田に訳を話した。そして暫しハンナちゃんと見詰め合ってた岸和田は、それを持ったまま何も言わずこの場から離れ、直ぐにここに戻ってきた。
 彼の白々とした手にはあのキーホルダーは無く、飛鳥は些か訝しげに後退りをする。しかし岸和田は何も無かったかのように「ちょっとあのキーホルダー、僕の上司の机に置いといた」とさっぱりとした口調で言い放ったのだ。

 勿論飛鳥は上司のことを心配したのだが、顔も分からない知り合いの上司の心配をするのは非常に不毛なので、直ぐにその不安は頭から押しやった。

 晴れ晴れとした一枚の空の下、こちらを見てくる二代目ハンナが非常に恐ろしいとグライフトは思わずに居られなかった。


あきゅろす。
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