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届け先はあちらまで。
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秋風が夜を流れ、涼しさに覆われた町の中を一人の青年が歩いていた。
背丈は高く、普段は鋭いであろう目付きは今や疲労感を帯び伏し目がちになっている。
仕事故かツナギを身に纏い、胸元にはネックレスのように革紐に通されたリングが揺れている。

空にかかる雲は少なく、月明かりは眩しい程だ。夜の徘徊を終えた彼の先には小さなアパートが見える。
青年は小さく息を吐き、自分の部屋がある階へと足を進めていく。他の部屋からは明かりは見えない。
全ての住民が寝静まってしまうような時間帯にまで働いてしまったのだろうか、と青年―吉田春は、少しの自嘲を加えて溜め息を吐いた。

部屋に入り、衣服が投げられたあとに吉田は軽く伸びをする。

「小腹が空いたな…」

窓を開け夜風を取り入れながら吉田は小さく呟いた。
狭々とした棚のなかを漁り始めるが、生憎買い置きをしておらず何もない。料理は得意だが疲れきった身体では作る気が起きない。
近くのコンビニに行こうかと腰を上げたとき、部屋に錆れたチャイム音が響き渡った。
こんな夜中に誰だろうかと、彼はドアに向かい小さなノブを回した。

「今晩はー」
「…」
「あっ、閉めないで!」

そこには、彼の良く見知った少女が手のひらを振りながら立っていた。
ショートの金髪に、可愛らしい半袖シャツとショートパンツというラフな格好の、彼が住むアパートの住人の一人、大河内花梨だ。

彼は無言のままドアを閉めようとするが、慌てた彼女によってそれは遮られた。

「…何の用だ」
「夜食のお裾分けに来たの。ちょうど帰りが見えたから…お腹空いてない?」

眉をひそめ彼が問うと、花梨は小さな風呂敷包みを持ち上げて見せた。どうやら食べ物を持ってきてくれたらしい。彼にとっては良すぎるタイミング。
何だコイツは。エスパーか。吉田はそんなことを思いながらも、腹を鳴らす虫には勝てる筈もなく。

「……貰っておく」

ぶっきらぼうに言い放ち、手を差し出して風呂敷を受け取った。まだ暖かい。作りたてなのだろうか、香しい匂いが僅かに鼻を擽る。ふと、吉田は花梨に視線を移し。

「明日なにかあるのか?」
「え?どうして?」
「いや、夜食がいるくらいだから。何かあるのかと…」

投げ掛けた問いと言葉に、花梨は緩く視線を泳がせた。あー…と小さく語尾を伸ばしたあと、「まあ、いいじゃない!」と受け流すように返す。
吉田はそんな花梨を見、怪しいと思いつつも特に気にする様子も見せず、ドアノブに手をかけた。

「有難く受け取っとく」
「うん!じゃあ、またね」

花梨は嬉しそうに笑みを溢し、小さく欠伸を漏らして手を振る。眠いなら寝れば良いのに、と思いながら吉田はそれには返しはせず、ドアを閉めながら軽く風呂敷包みを持ち上げた。

パタン…と余韻の残る音を耳にし、吉田は居間のテーブルに風呂敷を広げる。蓋を外せば色とりどりの様々なおかずが顔を出した。お裾分けとしては綺麗過ぎる気もするな、と彼は少し考え、ゆっくりと腰を上げて玄関へ向かう。彼女はまだいるだろうか、と。

ドアを開けると、彼女は上機嫌で鼻歌を唄いながら歩いていた。その背に向かって名を呼ぶ。

「花梨、」
「ん?なあに、吉田?」

少し驚いたような、そんな表情。彼は内心面白いというように笑いながら、一言告げる。

「張り切りすぎんなよ、」

と。
再び閉めたドアの向こうからは、緩く流れる秋風に乗せた彼女の軽い足取りが聞こえていた。






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