めぐりめぐって
決意を新たに
母さんの比較と、自分の地力の無さに苦痛を覚えた私は、ある日学校を休んだ。
なんてことはない、二、三日だけ休んで、それで元気が出たら学校に行こうと思っていた。
そうしたらきっとまた頑張れる。母さんに褒めてもらいたい。そんな不純な理由だけど、何にせよ目標を持って勉強を続けられる。だから少し休ませてもらおう。
引きこもりだした理由は、そんな安易なものだった。
それなのに、私は三日経っても学校に行けなかった。
何もかもが嫌になって、やめたくなってしまった。無性に人と話したくなくて、何かをするという行動さえ嫌悪した。
鈍く痛む頭が休むように訴えかけていた。仮病を使って母さんに休みたい旨を伝える。今まで然程休んだことのなかった私だったから、初めは疑われなかった。
学力・学歴重視の両親を説得できたのは奇跡といっていいだろう。
でも、今ではその奇跡すらも憎らしく感じる。
辛さを我慢して学校に行っていれば、成績が微妙でも普通の中学生としていられたのに。
四日目になっても行けなかった。
漸く危機感を感じ始めた私は、仕方なく自室で教科書を開いた。そして、すぐに異変に気がついた。
シャーペンを握れない。文字を直視できない。計算しようとするだけで目眩が治らない。
勉強することが怖くなってしまったのだろう。努力しても、成果が出ないことが多いのを私は知っていた。
当時、私の努力は最大限のつもりだったから。兄さんに追いつけないのは、偏に才能がないからだと思っていた。私の努力は足りていると信じていたかった。
次第に苛立っていく母さんたちに申し訳なく思いながらも、どうしても外に出ることは出来なくなっていた。
そんなある日、友達たちが「体育でダンスをするから見に来てほしい」と連絡をくれた。
正直行きたくなかったけど、母さんの勧めもあって行くことにした。
久しぶりに友達と会える。また楽しく話せられる。
馬鹿な私は浅はかな考えしかできなかった。
私は行ったことを後悔した。
みんな私とは違って楽しそうだった。
みんな私とは違って生き生きとしていた。
ぐだぐだと親のすねかじりをする私なんかとは違っていて当然だ。
でも、それが私には耐えられなかった。
悔しさとみじめさに打ち震える私には、もう何も見えはしなかった。その場から逃げ出したくって、笑って相づちを打つことすらまともにできなかった。
人と喋るのが面倒だ。話を聞くのが面倒だ。何かを共有するのが面倒だ。
辛いことばっかりの現実になんていたくない。ネットと漫画を見て楽しく過ごしていたい。
勉強をするのも嫌になった。どうせみんなには追い付けない。今の私に高校なんて行けるわけがないんだ。
そんな目に余るような僻みから、私はとうとう必要最低限の勉強時間すらも放って棄てた。
もともと帰宅部だったから、部活に対する負い目とかはなかった。
「あんた本当に高校どうするのよ!?このままじゃどこにも行けないわよ!」
教育熱心な母さんは、いつも怒っているようになった。
「お前、俺よりいい高校行くって言ってませんでしたかー?」
兄さんは嘲笑を浮かべて見下すように見てきた。
兄さんなりに私に発破をかけていたのだと気づいたのは、つい最近だった。
「……せめて、高校は行けよ」
大学教授の父さんは、私になんの期待もしなくなった。
焦れば焦るほどに、私は後悔を繰り返した。
なんであのとき学校に行ってみようって思わなかったんだ。どうして学校をサボろうなんて考えたんだ。
全部自業自得で追い詰められた私は、嫌がる本心を無視して無理矢理行ってみることにした。
足が震えた。
真っ直ぐ立っていることすらできなくなって、頭痛が凄まじい。
自然と呼吸は荒くなって、私はトイレに駆け込んだ。
まさか学校に行くだけで吐くなんて思ってなかった。
胃の中のものを全部戻しちゃって、惨めさに涙が溢れてきた。
二年の春から、私はもうほとんど学校へ行っていない。
外に出るだけならともかく、学校に行くと吐いてしまう。母さんたちには吐いてしまうことは内緒にしているけど、それももう限界だろう。
学校にちゃんと通おう。
これ以上引きこもれば、私に変わるチャンスは来なくなる。
こんなクソッタレな私にも、何かの価値があるかもしれない。いや、あってほしい。
二年の秋、皮肉にも嫌悪していたトビのおかげで学校に行くことを決心した。
吐こうが泣こうが行ってやる。這いつくばってでも、今度こそ変わらなくちゃ。
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