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めぐりめぐって
往往にして理不尽な
 次の日もトビは、外に出て落ちた場所を調べた。
 神威で彼は元の世界に戻れないのだろうか、と思ったが、未だ帰れていないのだからそう言うことなのだろうと納得した。

 印を組んで何らかの術を発動しようとした時は戸惑ったが、不発に終わった。見たこともない印だったし、何より不発だったから攻撃系の術ではない筈。ならば時空間忍術なのだろうか。
 慣れつつあった私は玄関の下で腰を下ろし眺めていた。

 その次の日も、そしてまた次の日にも。





 約一週間が経った。

 奴の世界に帰る手立ては、まだ見つかっていないようだ。



 基本私は家にいるから、彼が調査する時は無理矢理にでもついていっていた。奴もあーだこーだと言われるのは嫌だったのだろう、私の存在を気にかけることもなく集中して調べていた。

 私のことなど眼中にも無いらしく、いっそ清々しい。こちらとて奴との会話は精神がすり減る程恐ろしいので有難いが。

 奴も私との会話を望んではいないだろう。


 さっさと帰り、無限月読でも何でも成し遂げてください。
 どうせ悪役が勝つ少年漫画なんて無いだろうし、トビは負けるのでしょうけど。

 そう思うと、何だか悲しいような虚しいような、変な気分になった。





 まあ、それはいいとして。


 最近不思議に思っているのは、何故あいつはご飯を食べなくても平気なのだろうという事。
 チャクラってそんな能力あったっけ? いやないだろ。


 腑に落ちない。アイツだって人間の筈だ。なのにどうして、栄養を摂らなくとも元気なんだろうか。

 調べたくとも、母さんがパソコンを持って仕事に行ってしまうため一切知る手段はない。


 ああ、もう。どうして望んだものが望んだ時に無いんだろうな。マーフィーの法則を信じているわけではないけども、どうしても思い通りにならないとこう思ってしまう。仕方がない。



 ……ううむ、わからん。
 最新刊まで読めたならこの疑問も解消されるんでしょうけど。



 現在NARUTOは66巻まで出されている。

 そろそろもう、うちはオビトの過去が明かされていても可笑しくないだろう。


 ああ買いたい。自制心が抑えられない。
 アニメを見るって方法もあるけど、かなり危険な話だ。見ている最中にトビがリビングに下りてきたら。想像するだけでも恐ろしや。



 ここ最近、嫌なこと続きで気が滅入る。
 うちはオビトがトリップしてきたり、わざわざ助けようとしたら殺されかけたり、幻術かけられたり。もう踏んだり蹴ったり。苗字さん泣きたいです。

 まあ、娘が不登校引きこもりクソ野郎の母さんと父さんよりはマシよね。


 ギシギシと嫌な音を起てて軋む赤の学習椅子にもたれ掛かり、ウォークマンで音楽を聴きながらぼんやりする私。


 なんというか、本当に堕落しているなあと思う。
 もう少し向上心というものを持たなくちゃ、絶対にこの不登校という泥沼からは抜け出せないだろう。



 ……いや、私なに他人事みたいに言ってるの。

 虚しさだけが募って、嘆息しか出てこない。というか最近、私ってば溜め息つきすぎだ。

 ダメだよね、ため息は幸せを減らすんだから止めておこう。運気を高めればトビもさっさと消えてくれるかもだし。




 ひとり寂しく音楽のリズムを指でとる。
 すると突然、それは聞こえた。




 それなりの大音量で聴いていたJ-POP。その隙間からかたり、という小さな物音が聞こえた。
 聞き間違えかな? なんて思いつつ赤のヘッドホンを外し、呼吸を止めて耳を澄ませる。



 やはり私の耳は正しかったらしく、微かに、本当に聞こえないくらい微かに足音が聞こえた。


 音の方向からして、トビに貸している部屋だ。トビは部屋に引きこもってるから、泥棒じゃない筈。




 じゃあ、トビが部屋を出たのか……?





 そんな筈ない。だってアイツ、トイレにすら行ったことないんだぞ(多分)!? 風呂は入ってるらしいけど!
 でも今は昼だし、アイツと私しかいないしアイツ以外あり得ないし……つまりどういうこと!?



 そうこうしているうちに足音は遠ざかっていく。

 何をするのか聞きたいが、私はビビりなので聞くのは無理ですごめんなさい。


 だけどただで通すわけにはいかないぞ! 何処に行くのかは知りたいぞ!




 目を閉じて、聴覚に意識を集中する。
 体が研ぎ澄まされるような感覚に身が震えた。




 ……足音。暫くして、玄関の扉の鍵を開ける音。

 小さすぎて、最初は何の音か分からなかった。だが、慣れ親しんだ鍵の回る金属音を忘れようがなかった。



 扉が開かれる。無駄な音を発てず、閉じられる。到底私には真似できないような細やかな所作なのだろうと想像がつく。




 ……静寂。どうやら出ていってしまったらしい。



「はあっ、ごほっ、げほっ!」



 緊張が解けたせいで、止まっていた呼吸が再び始まった。
 唾も飲み込まずにいたから、一気に飲み込んでしまい気管に入ってしまった。思いきり噎せると涙が滲むが致し方ない。

 繰り返し咳き込むことで気管から異物を吐き出す。ようやく落ち着いたときには、息切れが凄まじかった。



 全く、本当に死ぬかと思った。トビにも困ったものだ。





 ……じゃなくて!!



「ちょっと、何勝手なことしてんだよアイツ……!?」



 外出るときは一緒にって約束してもらっただろうが!


 この一週間は約束守ってたのに、突然の裏切りとか! 想定外だよこんちくしょう!

 慌てて立ち上がってもふらりと倒れそうになってしまう。あまりに集中しすぎてしまったらしい。自分の体力の無さをこれほど憎んだのは初めてだ。




 ああもう! 面倒くさい!


 まだ酸素が足りていないのか、視界が黒っぽく染まって見える。
 力の入らない足に活を入れて、部屋を飛び出した。



「くそっ、今から追い付けるか……?」



 無理に決まっている。あっちはS級犯罪者かつ世界大戦の戦犯、私は太りかけの引きこもり。結果は見えている。


 というか何処に行くつもりなのか。飛段のようなヒャッハー系じゃないし、無闇矢鱈と殺生はしないでしょうけど心配なものは心配だ。



 ともかく、探しに行こう。
 何も出来なくても、このまま何もしないのは嫌だ。



 間に合ってくれよ、と願い階段を三段飛ばすほぼジャンプに近い下り方をしながら、玄関まで駆ける。
 転ばずに格好良く下りられたのは、近頃役立っている火事場の馬鹿力のお陰だろうか。


 サンダルをつっかけ、コート掛けに掛けておいたジャージを羽織る。
 体重を前の方にかけながら、勢いのまま扉を開けた。



「ってうおぁああ!?」

「!?」



 何ということでしょう。

 扉を開ければあら不思議、トビが面食らったように立っていた。
 もう少しで私はトビの鳩尾に力強い頭突きをするとこでした! あっぶな〜い☆





……はい?



「あれ……? トビさん、何をしていらっしゃるんですか?」

「……それはこちらの台詞だ」



 彼は呆けていたが、すぐに警戒心マシマシで私を見下ろした。
 仮面の奥の黒い瞳。写輪眼でもないのに滅茶苦茶怖い。無意識のうちに身体が強ばっていくのを感じる。


 幾らトビが怖くたって、そう簡単に負けるわけにはいかない。意思が折れないように拳を固め、ぎゅっと歯を食いしばる。


 私だってやれば出来る。負けるものか──!



「いや、その……えっと、」

「ハッキリ言え。誤魔化しは効かんぞ」

「すいませんごめんなさいトビさんが外出ていくから尾けようとしました申し訳ありません!」




 ごめん、うちはには勝てなかったよ。



 ちくしょーコイツ、私のトラウマになっている殺気的なものかけてきやがって。肌ビリビリするし息しづらくて苦しいんですけど!

 一般人の私でも分かるレベルの殺気って何さ!? ズルい怖い悔しい!
 心の中で地団駄を踏んでいれば、何故かトビはいつもより数倍キツいシリアス調で問いかけをしてきた。


「……いや待て。貴様、いつ俺が部屋を出たことに気づいた」

「はい? えーっと、多分最初からです。ドア開けた音が聞こえたので、それで、」




 途端に、空気が変わるのが分かった。

 いや最初から充分に重苦しいもんだったけど。もう今はそれすらも有り難みを感じるくらい、鋭利なものになっていた。



 ただでさえ冷たかった視線が、絶対零度で私を襲う。

 殺気なんてもう半端なくて、私は汗が止まらなくなった。全身の毛穴から嫌な汁が溢れる、そんな感触に肌が粟立つ。



「ひっ……!?」



 足から力が抜け落ちて、ついにへたりこんでしまう。
 震えが止まらないし、息がしづらい。過呼吸になりそうだ。譫言みたく意味のない言葉が口から漏れて止まらない。



 ガクガクと無様に震え続ける私の胸ぐらを、トビは掴み持ち上げた。

 突然のことに驚き、パニックは助長する。
 いつもの私ならどんなことがあってもトビには使わないような口汚い言葉で抵抗した。



「嫌……いや、やだっ! 離してよ、離せっ!離せって言ってるだろ!」



「黙れ」




 ジタバタする私に放たれたその一言で、もう私は抵抗を止めた。
 ううん、出来なかった。怖すぎて、恐ろしすぎて。もう何も考えられなくなっちゃったんだ。




 こいつの声には、こちらが死にたくなるくらいの重圧があった。その圧だけで私を潰し殺せそうなほどで、泣き喚くのすらできやしない。
 いっそ、いっそ殺してくれと頼みたくなる。きっとトビからしたらこんな殺気はただの小手調べで、こいつの世界では日常茶飯事なのだろう。でも私には苦しくて堪らない。



 ああ、トイレ行っておいて良かった。あんまり水分摂ってなくて良かった。
 出しきってなかったり飲み過ぎてたりしたら、漏らしてたかもしれない。



 抵抗は止められても、震えを抑えることはならなかった。
 細かく痙攣する舌を回そうとするが、出てくるのはやはり、無意味な言葉の羅列だけだった。

 そんな私には目も暮れず、トビは自分のペースを保ったまま口を開いた。



「質問を幾つかする。答えなければ、死よりも恐ろしい苦痛を知ることになるぞ」

「え、は……?」



 嫌だ、いやだ、イヤだ。

 私が何をしたんだ。なんでこんな目に遭うんだ。なんで私は脅したりされなくちゃならないんだ。

 幾つも際限無く湧き出る疑問に対する答えは見つからなかった。


 引きこもってるのが駄目だったの?
 確かに悪いことだけど、でも。なんで、なんで私だけ。
 引きこもっているのは私だけじゃなくって、全国全世界何処にでもいるのに。私だけがこんな死にたくなるくらい怖い目に合わないといけないほど、私は悪い人間なの?


 頭が回らなくなってきた。



「俺が忍の中でも特に強い力を持っていることは話したな」

「……はい」

「その俺が使う歩法は、並大抵の忍でも気づけるものではない。
 それを何の鍛練もしていないお前が気づくなど、にわかには信じられないことだ」



 そこで一度、彼は言葉を切って私を睨む力を強めた。
 その瞳は黒から赤へと変化している、と思う。断定できないのは私がこいつの目を直視できないから。何となく、視界の端で赤が見えた気がした。

 私みたいな矮小な奴にそんな大それた物を使うなんて、トビは本当にどうかしている。



「今一度問う。貴様は……」



 何者だ、と。
 容赦無く叩きつけられた問いに、私は瞬きすらできなくなった。



 ……意味が、分からない。

 その質問の意味も、私の今の状況も、トビが存在している理由も。


 何もかもが分からない。解らない。
私には、何一つ、わからない。

 理解したい。こんな奴に殺される道理も何も無いのに、なんでこんな目に遭うのかを理解したい。
 したくて堪らないのに出来ないなんて。ああ、悔しくって泣けてくる。


 こんなの理不尽だ。許せない。私だって分かりたいのに。私だって自分が何なのかなんてわかりやしないのに、勝手に警戒されて勝手に怒られるなんて巫山戯ている。

 それとも何か、私が何なのかをお前が調べてくれるのか?
 調べてくれないくせに、何もわからないくせに、私の事を知りもしないくせに──!
 視界が真っ白になるくらい頭が熱くなって、誰にたいしてかもわからないくらいの怒りで煮え滾る。


 わかっている。私は今、すごい八つ当たりを始めているのだと。



「……らない」

「はっきりと話せ。それとも話すつもりがないのか?」



 挑発するような、それでいて無関心を貫いているクソじみた声に、私の舌は滑らかに動き出した。
 感情は昂ぶっているものの、以外と頭は冴えていた。



「分からないって言ったんですよ。何なんですか、私だって知りませんよんなこと!」



 理不尽のせいで嫌な思いを今している。なら私は理不尽なんて大嫌いだ。
 だから今私を理不尽な目に合わせているこいつは死ぬほど嫌いだ。許せないし、殺せるものなら殺してやりたい。



「私なんてただの引きこもりです。嫌なことから逃げてるだけですよ!」



 ああ、でも。

 本当にぶち殺してやりたいのはトビなんかではなく。何よりも憎悪しているのは周囲の人間なんかではなく。
 そんなことは分かっていた。分かってはいても、怨嗟の泣き言は止められなかった。



「……」



 固まるトビ。好都合と思い、今まで溜まっていた鬱憤を全て言うつもりで喋る。


 敬語は保っていた。最後の砦のようなもので、これすら無くしてしまえば理性なんて全て吹き飛んでしまう気がしたから。



「運動しなさすぎて太ったし、勉強だってもうついていけないくらい疎かにしてる、私はそんな社会のゴミのクソッタレです!」



 ストレス発散を他人でするのは良くないとは分かっているが、我慢できなかった。
 ずっと自分自身に言いたかったことを全部吐き出す。



「ゴミだしっ、クズだし、両親に迷惑ばかりかけてるしょうもない奴ですよ!
 そんな私にそんなこと聞かないでくださいよ! 私だって自分のことが分かりませんよ、なんで私生きてるんですか!?」


 目頭が熱くなってきて、涙が止まらなくなってきた。

 我ながら本当に惨めな女だと思う。
 毛嫌いしている人間相手に醜態を晒して、その上お門違いな罵詈雑言を連ねる。

 今私が何よりも嫌っている『理不尽』を、その私が体現している。なんて皮肉でなんて無様なことか。



「さっさと死ねよなんて何回も思いました! でも怖くて無理でした……痛いのはやだったし……何より、こんな私でも、まだ変われるんじゃないかなんて、思ってて……」


 尻すぼみになっていくのを必死で堪えるが、最後には消え入りそうになっていて自分でも笑いたくなった。
 大きく息を吸い込んで、また理解不能な言葉をトビに投げる。



「何者か、なんて知らないですよ。こっちが知りたいんです。そんなこと言うなら、貴方が私が何なのかを教えてくださいよ……!」



 凄く理不尽だ。私が何よりも理不尽で、私が……私、私って、何なの。もう、全部嫌だ。
 胃の中のものを全部撒き散らしちゃいそうなくらい、気持ち悪い。



「それがっ、出来ないなら……っぐ、もう一思いに、殺してよ……」



 駄目だ、泣いたせいでしゃくり上げてしまうのが治らない。
 トビに苛立ったせいで泣いているのか、八つ当たりしてしまうダサさから泣いているのか。自分自身のことなのに全く分からなかった。


 トビは私をどうするんだろうか。殺すんだろうか。
 分からない。いや、もう考えたくない。これ以上苦しみたくない。
 でも殺すのなら、一思いにサクッと殺ってほしいです。



 どうしようもない沈黙が包む。私の嗚咽だけがよく響く玄関。

 それを変えるように、トビは冷たく言い放った。



「……貴様の価値など、俺の知ったことではない」

「……」



 それは、そうだ。突然こんなガキに泣かれたって、彼からしたら鬱陶しいだけだろうし意味がわからないだろう。
 彼は私を離した。突然だったから、そのまま重力に従って冷たい床に落ちた。尻が痛い。



「貴様がただの人間だと一先ずは信じよう。それならば殺す意味はない」

「……殺す価値すら、無いって言うんですか」

「貴様を殺すのはデメリットの方が大きいだろう」



 …………ああ。



「もう聞くことはない。だが怪しいと思えば殺す。努努忘れるな」



 そう言い放ち、彼は部屋へと戻ってしまった。



 ……。


 …………。




 ………………私は。





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トビが外を出るのに神威を使わなかったのは、単にマーキングをしていなかったのとチャクラの無駄な消費を抑えたかったからです。







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