紡ぐ名前2




此処を出ようか、と兵太夫が呟いたのは、先日の事だった。地下の冷たい空気に晒され冷えた僕を抱き締めてぼんやりとしていた時だ。
此処を出よう。君がそう言うなら。
この場所は、彼には明るすぎたんだろう。優しい気持ちも誰かを愛しく思う気持ちも彼は置いてきてしまった。ただ今は僕を抱き締めて愛しているよと囁くだけだ。
僕はただ、そうだね僕も愛しているよと彼に凭れる事しかできない。

人が寝静まった夜に、それは決行された。周到に身辺を整理して、兵太夫はいくつかの荷物と僕を抱いて夜を走る。行き先は教えてはくれなかった。
彼が僕に言わない限り、僕にそれを知る術はない。



どれくらい走ったのだろう。結局彼が落ち着いたのは山奥にひっそりと佇んでいた朽ちかけた小屋だった。僕にはわからないが、どうも木が腐った酷い臭いがするらしい。けれど、兵太夫は笑っていた。
よかった、ここならいいよ。
僕はそれならよかったと笑う。君が良いなら、それが一番幸せだ。

そうやって暮らしだして、半年も経った頃だろうか。
初めて彼以外の人間が小屋を訪ねてきた。赤い髪が腰迄伸びて、まるで僕みたいだ。
その人は僕を見て目を大きくしてから、少し笑った。兵太夫、兵太夫早く帰ってきてくれ。この人は嫌だ。怖いよ。なあ、頼む。
目の前で赤い髪の人が笑う、口を開く。



「よう、伝七」







(紡ぐ名前)






あきゅろす。
無料HPエムペ!