すべてが終わって、それから






とぷん、こぷり、
とぷん、こぷ、こぷ、











『みて、なにか光った!』
『ん?…なんだ、あれ…きらきらしてる』

『ふたりとも…乗り出すと危ない。落ちたら引きずりこまれる』
『ふかい闇のなかで、昔々のおばけがずっと俺たちを連れて行こうと待ってるんだよ』






とぷん、こぷり、

とぷん












水、水。
急に降り出した雨で靴が濡れた。



ぴちゃんと跳ねたそれは二週間したら足首まで浸かるようになった。
テレビは盛んにそれを異常だ異常だと騒ぎたてて、毎日特集番組が組まれた。それでも人の生活は変わらない。
静雄は相変わらず雨が纏わりつく身体を忌々しく思いながら借金を取り立てたし、臨也も相変わらず暑苦しい格好でびしょぬれになりながら池袋にやってきていた。
足首を濡らす水は、じわりじわりと身体を蝕んでいく。
どこかの国が沈んだというニュースが流れたのは何日目の事だっただろうか。








「死ぬのか、みんな」



静雄は、誰に聞けばいいかわからなかった。
多分死ぬだろう、みんな。バケモノも人間も一緒に沈むんだろう。
わかっていた、けれど誰かに聞きたかった。道路が無くなった、低い建物は無くなって、みんな高い場所に逃げた。

どうしようか、逃げようか死のうか。
そうぼんやりと考えていた静雄の手を引いたのが臨也だったから、だから臨也に聞いた。


「俺も、お前も死ぬのか」
「そうだね、多分死ぬ」


そっか、そうだよな。
静雄はそう言って息を吐いた。長かった、といったら良いのだろうか。
30年に満たない時間だったけれど自分には長過ぎたような気さえする。みんな一緒なら、自分だって。
それは解放の予感だった。
もういい、もう、自分を嫌いで居なくてもいい。
許される、そう思ってしまった。



逃げ込んだ臨也の事務所があったビル、その広い窓のすぐ下にまで水が迫っている。
もうテレビは映らない。
携帯電話も使えない。
誰も居ない。


とぷん、と音を立てて、部屋の中にゆっくりと浸食してくる透明。
臨也はそれを無表情で眺め、静雄はうっすらとほほ笑んでさえいた。





「いこう」
「どこへ」
「…屋上、かな。最後の悪あがきだ」


臨也が静雄の手を引いた。
それに捕まってゆっくりとソファから立ち上がる。
靴下はもう水をすって重い。脱いだ。
もう少し、もう少しだ。
恐くないと言えばうそになるけれど。





なぜか、空は美しいくらいに晴れ上がっていた。






水位は目で見てわかるほどに上がっているのに、太陽があった。
その光を映して光る光る、世界。
どこか向こうの高いビルに、誰かが居るのがうっすらと見えた。
世界が沈む。



「臨也、いざや?」


驚くほど穏やかな気持ちで静雄は臨也に向き直った。怒りがない、あるのは心を覆ううっすらとした恐怖と好奇心、空洞。
こんな気持ちで臨也を見るなんて、と少し感動。
静雄の手を引いたまま、臨也は。





「なんで、泣いてるんだ」


「後悔してるんだ、シズちゃん」
「俺、すごく後悔してる。悲しい、よ。恐いのもある。好奇心だってある、でも、後悔が一番多い、よ」



ぼろぼろと大粒の涙を落して、臨也は泣いていた。
まだ水に浸かっていないところも濡れている。

後悔、なんだろう。
静雄にはわからなかった。けれど、なぜだろう。さっきまで凪いでいた心が、ざわりと。







「君が好きだ、好きなんだ」





ぼろり、と零れたのは、静雄の心だった。





「大好きで、好きで、でも認めたくなくて、好きで、だから嫌いだと思おうとして」
「でも、こんなことになるんなら言っておけばよかった、もう、嫌だ、俺、」
「だって今言ったって君は死ぬじゃないか、俺も」



臨也はとうとう握った手で涙を拭いた。それでも後から、あとから、水位が増していく。
腰まで水に浸かった、2人だけで向き合って、それで。




「…んで、言うんだよ」
「おれ、だって今まで、そんなこと、」




急に心臓がどくどくと脈打ちだした。
恐い、どうしよう死んでしまう。自分が死んでしまう、臨也が死んでしまう。
心を失ったままでいればこんなことにはならなかったのに。



気づいたらいけない。
でも、泣かないで欲しい。
だってそれは、目の前で子供みたいに声を上げて泣いてるのは、静雄自身だ。
好きで、好きで嫌いで嫌いなのに好きになっていたのは、静雄の方だった。
でもそれに気づいたら、そうしたら。



「なんで、なんで言うんだよお…」
「ごめん、ごめん、好きだった」
「俺だって、すきだった、好きだ」
「うん、うん知ってる、知ってるんだ」


胸のあたりにまで水が増して、体温が失われていく。
思わず、静雄は臨也に触れた。同時に臨也の手が静雄の身体に回される。
強く強く、抱きしめられる感覚。
ずっと一緒にいたのにこんなに触れ合ったこと、あっただろうか。
ぎゅうぎゅうに抱いて抱いて、いつの間にか唇も触れていた。
引き寄せられて、冷たい水のなかで、すこうしだけ熱い。





「いざや、いざや、」
「うん、ごめん、ごめんね、だいすき、おれ」
「うん、」
「…死にたく、ないよお」
「うん、うん、そうだな、」



ぎゅうぎゅうに抱いて、それから、ゆっくりと。


世界は、水の底に沈んでいく。






後悔と、それから、。
























『でも、結局なんだったんだろうな、あれ…』
『まだ気にしてんの?君のお兄ちゃんが言ってたじゃん。連れてかれちゃうよ?』
『昔の文明の幽霊ってやつ?ばかくせえ』
『そうかな?俺はあると思うけどなあ、実際沈んでるんだし。愛し合う恋人達が無念のうちに…とか…ってあれ?』






『ちょ、ほんとに飛びこんじゃったの?陸まで遠いから船から降りちゃだめだって言われたじゃない。ねえ、ねえってば!』
















/すべてを失って、それから。


100724































第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!