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恋恋 2









朝、いつもの時間にいつもの車両に乗り込む。
既に満員状態の中に銀時は無理矢理体を押し込んだ。そして、周りを見渡せば。

(いた、)

艶のある紫黒色した髪の男の子。今日もぎゅうぎゅうと押し潰されてるよう。そんな彼の姿を目で追うようになったのは、いつからだっただろうか。
扉が閉まり電車は緩やかにレールの上を滑りだす。揺れる中器用にバランスを取り乗客の間を縫って行くと、ぱちり視線が重なった。驚いた表情から見る見る笑顔に変わっていく彼にこそばゆい気持ちが込み上げ銀時はゴホン、咳払いをした。

「おはようございます」
「おぉ、おはよう」
「昨日は、その、ありがとうございました!」

彼の前に辿り着き、向かい合うと深々と頭を下げお礼を言われ銀時は笑った。
昨日も通勤通学途中のラッシュに揉まれ彼とは向き合う体勢になっていた。時折感じる視線に気付かぬふりをして銀時は流れる景色を唯ぼんやりと眺めて時間を過ごしていた。
そして、突然の出来事が起こり初めて話をしたのだった。その時の様子を思い出しふと、制服に視線を向けるとボタンが元の位置に納まっている。

「…それ、自分で直したのか?」

ボタンを指差し訊ねるとこくんと頷いた。男が、しかも学生が裁縫をしているとは。

「すげぇーなぁ」
「いえ…、」

感心して思わずジロジロと眺めてしまい、彼は少し恥ずかしそうに瞬きを繰り返し俯いた。頬がほんのりと赤く色付く。その初々しい反応に銀時も赤くなる思いがして視線を逸らした。
流れる景色は何ら変わりはないが、昨日より色彩が鮮やかに見えるようで銀時は頬を緩めた。



「あ、」

突然声を上げゴソゴソと動き出した彼に驚きびくんと体が揺れた。ちらり覗き見ると俯いて鞄の中を探っている。
銀時と違ってサラサラと艶のある髪がふわりと揺れる。指通りが滑らかそうなその髪に自然と手が動き触れそうになった瞬間、我に返り慌てて手を引き戻した。

「あの、本当にありがとうございました」

鞄の中から取り出したものは、昨日銀時が着ていたスーツのボタンだった。降りる直前に千切り、なぜかそのまま彼に渡していたのだ。
先程の行動に狼狽しながらも冷静さを取り繕い受け取る。すると、彼は照れたように微笑んだ。その笑顔にじわりと胸を締め付けられる感覚に銀時は戸惑ってしまった。

「わりぃな」
「いえ、」

前髪をくしゃりと掻き上げ、ふいに窓の外に目を向ける。そろそろ彼が降りる駅に近付いてきた事に気付く。

まだ、話をしていたい。
彼をもっと知りたい。

貪欲な気持ちが溢れてくる自分に戸惑いつつも呆れてしまう。

(どうしたら…、)

口実を探して銀時ははっとする。手のひらの上に転がる黒く艶のある丸いボタンが輝いて見えた。
彼を見やると視線に戸惑ったのか眼鏡の奥の瞳が少し揺らぎそっと下を向いた。その表情に甘い感情が胸の奥からじわりと溢れ出した感覚に薄い下唇を噛んだ。

「…困ったなぁ、」
「え?」

ぽつり呟くともう一度大きな瞳と重なり銀時はゆっくりと微笑みかけた。そして、ゆるく握った拳を彼の胸元へ突き出す。

「俺、不器用なんだわ。だから、その、さ、…直してくれないか?」

不器用な言い回しに銀時は情けなく感じてしまった。少しの沈黙が流れる中、彼が降りる駅名を繰り返し告げるアナウンスが響く。
そして、徐々に電車のスピードが落ちていきキィー、と車輪が摩擦する音が大きくなり停止する。扉が開き乗客が一斉に流れていく中に小さく、はいと聞こえ銀時は目を見開いた。

「僕で、よかったら」

にこりと優しく微笑む彼の笑顔に銀時は確信した。

恋に、落ちたのだと。





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