中人日乱 極楽蝶花 1 どうかしたかと訝しむように問い掛けられて我に返る。弾かれたように首を振る。 「いえ!その…、なんでも…」 しどろもどろと否定するあたしに小首を傾げ、変なヤツだなと肩を竦めてあのひとは、照れくさそうに目を逸らす。 薄っすら染まった耳たぶと、もの言いたげな面差しを前に、釣られたようにあたしも紅潮している。 …いま、まさに。 触れたばかりのくちびるを、思い出しては身悶えている。 ――なりゆきに任せて、くちびるを重ねた。 ――隊長と、触れるだけのキスをした。 尤も、厭うような気持ちはなかった。 むしろ待ち望んでいたと言ってもいい。 (だって、…ねえ?一応お付き合いとかしているワケだし?) 恋人同士なのだから、在って然るべき行為である。 むしろ初めてのくちづけが、付き合い始めて三ヶ月と経つ今なのだから、どちらかと云えば…かなり遅め? 実に清らかなお付き合いを続けていたんじゃないかな、とも思う。 だから唐突に髪を引かれて、くちづけられたその瞬間、嬉しさよりも驚きが勝った。 目を閉じるどころか逆に、大きく瞠ってしまったありさまだった。 (ああ、もう!初めて…ってワケでもないくせにっ!) それどころか遠い昔には、告白されたその日の内に、閨へと連れ込まれたことも皆無じゃないのに。 くちづけひとつでうろたえるとか、ときめくとか。 なんとゆーか…今更過ぎるし、自分自身驚いている。 けれどそれ以上に驚いたのは、たいちょとのキスが余りに心地良かったからに他ならない。 (て、ゆーか。煙草の匂いとかしなかったし…?) そういえば、これまで付き合ってきた男達とは、煙草臭いキスしかしたことなかったんだっけ?と思ったら、ちょっとした衝撃を受けたのだ。 …そうか、たいちょは煙草は吸わないのよね。 それもそうか、だってまだまだコドモなんだものね。 あたしにとっては何人目かとのくちづけだけれども、このひとにとってはあたしとのコレが初めてのちゅーになるのよねえ。 そんな感慨にも似た衝撃を受けて、思わず目を閉じることすら失念していた。 余韻に浸るどころじゃなかったのだ。 出会ったばかりの頃に比べれば、それこそ格段に育ったあのひとの身体。 百三十三しかなかった身の丈も、漸くあたしの肩口にまで届くに至ったのだけれど。 …そうよね、やっぱりまだまだ『コドモ』なのよねと、思って不意に戸惑ってしまった そんなあのひとがあたしのことを選んでくれた、あたしのこの手を取ってくれたと云う『現実』に。 あたしの右手は今も尚、たいちょに強く握られたまま。 ゆえに、離すつもりは毛頭無いのだと思い知る。 けれど覗き込む先、たいちょの眦はほんのり赤く染まっている。 相も変わらず逸らされたままある視線。 続 [次へ#] [戻る] |