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中人日乱
1.


初めて色街に足を踏み入れたのは、今からおよそ数十年前。
まだナリも幼い、ガキの時分のことだった。
無理矢理のように京楽に、引きずるようにして連れ込まれた小さな妓楼。
恐らくは、慣れぬ色街に目を白黒とさせて戸惑う俺を肴に、一杯やる腹積もりであったのだろう。
ものの見事に目論見に嵌り、豪奢に着飾った女を前に、俺が落ち着きを失くしたのは言うまでもない。
尤も、まだガキだったこともあり、向こうも俺をそう云った類の『客』と見ることもなく、居心地はまあまあ悪くなかった。
出される酒も肴もそれなりだったし、商売柄女たちは客を楽しませることに長けていたから、それ相応に会話も弾んだ。
最初の内こそ面食らいはしたものの、色街で呑むのも…まあ悪くない。
そう思わせるには充分だった。
だからその後も誘われるがまま、時折色街に足を運ぶようにもなった。
厭う気持ちは消え失せていた。
尤も俺が腰を落ち着けるのは、女を交えての飲み食いまでで、いずれの場合もその後は早々場を辞した。
床入りする気は更々無かったし、そもそもその頃の俺は未だ、女を抱けるナリでもなかったからだ。
ただ、酌をして貰い、飲み食いをする。
その間の話相手をして貰う。
とは云え、当然それ相応の揚げ代を払いはしていたのだから、妓楼の女にしてみれば、俺は随分楽な客だっただろう。
金払いの良さと、…ただ単に、酒を飲みに来ているだけと云うスタンスを『粋』であると受け取られたのか。
足を運ぶのはもっぱら京楽や浮竹に誘われたような時だけだったから、多い時で月に一、二度。
とんと足が遠退けば、それこそ数ヶ月に一度登楼するかしないかの、実に野暮な客ではあったのだけど、その何れも概ね歓迎されていたように思う。
まだガキだった俺にとって色街とは、あくまで酒と肴と余興を楽しむ場であって、それ以上でもそれ以下でもない。
そしてそれは、今以って変わることはない。
だがそう思っていたのは、どうやら『俺』だけだったらしい。



「たいちょがそんなひとだとは思いませんでした」

半べそ顔で詰られて、意味もわからず唖然とした。
「てっきり噂か悪い冗談かと思ってましたが、ホントの話だったんですね」
「いや、ちょっと待て松本。いったいそりゃあ何の話だ?」
「今更しらばっくれても遅いです。てゆーか、大っ嫌いです、隊長なんて」

そう言って。
えぐえぐと涙を零した女は今一度、伸ばし掛けた俺の手を、ぺちんと音を立て払いのけた。
初めて見せたその拒絶に、俺は大層ショックを受けたのだった。
(つか、何の話だよ、マジで!!)







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