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中人日乱
中人日乱ver.3


日常に於いて常に投げ掛けられる、冗談なのか本気なのかも判別つかない愛の言葉の数々に、そりゃあ最初は戸惑いもしたそうだけど、それでも人知れずちゃあんとあたしに向き合って、あたしの言葉に…想いに向き合ってくれて。
結果、見事にスルーされることもなく、あのひとの心の奥底に少しずつ留まっていったらしいあたしの『愛の告白』は、どうやら数十年を掛けてあのひとの気持ちだけでなく、鉄の理性までもを動かしたらしい。
(って、その結果がコレですか!)
好きだから今ここで抱きたいのだと臆面もなく告げられて、このあたしがコロリと落ちない…筈もない。
(当たり前だ。こちとら何十年越しの片想いだと思ってるのよ!)
ふわふわに気分良く酔った勢いまでもが手伝って、そりゃあ頷くに決まってるわよ。どうぞとばかりに頷いたわよ。速攻で。
(いや、でもそこはやはり…女子として、多少なりとも躊躇っておくべきだったのか?)
今となっては良くわからない。
とにかくその時は向こうも必死、あたしも必死だったのだから仕方ない。
そうしてなし崩しに再びあのひとのくちづけを受け入れて、上司であるあのひとと関係を持ったのが昨夜のこと。
しかもコトを終えたあのひとが、寝惚け眼でのろのろと自室に戻って行ったのは、明け方近くになってのことなのだ。
…正直、余りに記憶に生々しい。
生々しいってゆーか、むしろ思いっきり脳裏に焼きついたままってゆーか…?
ゆえに、今。
あたしはとんでもなく戸惑っている。
羞恥に駆られまくっている。
(うわ、もー!いったいどんな顔したらいいって云うのよう!)
それこそ殆どロクに眠れないままに、いつも通り…ほんの少しだけ遅れて出勤してきたあたしに向けてあのひとは、「…遅せえ」と。
顔を合わせて開口一番、いつもと変わることなくムッスリ告げただけだった。
そんな余りに普段通りのあのひとの態度に、ホッとしなかったと言ったら嘘になる。
だけどそんな安堵以上に、思いっきり拍子抜けしたことは否めない。
(うえええええ!なにその素っ気無さ過ぎる態度!)
そりゃあもう愕然としたわよ、目も点だわよ。
だけど向こうがそう来るのなら、あたしだって合わせないワケにはいかない。
だからあたしもにっこり笑って、いつも通りに悪びれなさを装って。
「えへへ、ごめんなさーい、たいちょ。おはようございまーす!」
と、殊更明るく詫びてみせた。
その間も、あのひとの視線は悉く山積みされた机の上の書類の束へと向けられていて、あたしを一瞥することもない。
照れた様子なんて以っての外、況してや昨夜のことを匂わす素振りも見られない。
(あ、あれれえ??)
黙々と書類に向かう態度は余りにもいつも通りで、余りにも淡々とし過ぎていて。
…あれえ?昨夜のアレってもしやあたしの勘違い?若しくは酔っ払った挙句の妄想かしら?と、首を捻ってみたものの、この身体のだるさは先ず間違えようもないと思ってぷるぷると頭を横に振る。
そうしていつもの日課通りにお茶を淹れて運んだ先、やっぱり書類に視線を落としたまま、極淡々と「身体は平気か?」といきなりのように問い掛けられて、アレが夢じゃなかったことを思い知らされた。このひとに。
それより何より、よもやこのタイミングで切り出されるとは思わなかった。
だから当然一瞬にして頭の中に蘇ったわよ、そりゃあもう。
鮮やかなまでに昨夜の無体の数々が!
途端、ぶわあっと赤く染まる頬。
「う、あ…はい。なんとか」
「そうか。なら今日はサボんじゃねえぞ」
動揺を押し隠しながら頷いた先、先手を取って釘を刺されたことに気付いてあたしは絶句した。

――うわあ、鬼だ!







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