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寂しさはイラナイ 欲しいのは哀だから


夕闇に染まる首都――東京
人々は足早に帰路につこうとするモノたちと、夜の怪しいネオンに惹かれただ寂しさを紛らわせるために更に闇へあしを向けるモノたちの二種類に分割された。
芸能人であってもそれは変わらない。
仕事と、言う言い訳もできるだろうがそれは一握りのモノにしか通用しないのが現実だ。
まあ、それは全て此処だけの話になるが
関西や他の道府県とは何か異なる所が此処にはあった。
他の都市にいたときには微塵も感じないか、時折感じる程度だったそれは此処では顕著に感じる
――寂しさ
という名前だったように思う。或いは他に名称があるのかもしれないこの感情の名前などは本当はどうでもよかったりして、しかしそのどうでもいい感情に此処に生きるものたちは何の例外もなく支配される。
逸れを運命とか、或いは必然的なこの世界を構成するものといっては少々大袈裟過ぎる気がするが、逸れでも避けて通れないのは仕方がない事ではあった。
特に意味もない鬱陶しくも離れられないこの感情を持て余している人間は此処には沢山いる。
家庭や恋人など、大切なひとがいないものはもちろん、家庭や恋人にそもそも逸れを埋められなくなってしまったもの、その家庭や恋人がいてそれを埋められるのに何故か感情が余っている変わり者など…
まあ、一重にくくってしまえばようは寂しがり屋がとても多いのだ、此処は。
その中でも感情を満たされずとも、しかし温もりを求めるものたちがいる。
体だけでも、一夜限りだと分かっていても、温もりを欲する。
その大半が芸能人にあるのはある意味仕方がないことなのかもしれない。

今宵もそんなひとのためのものになるのだろう。

何処の区であるかはあえてふれないでおく。
まあ、酷くネオンが明るくて眩暈がするようなホテル街の一角でなおかつむせかえるほどに香水の香悪趣味な場所、とだけしておこう。

そこに彼らはいた

TVで見かけない日はなあくらい此処数ヶ月でめまぐるしく活躍をしているものたちだった

すれ違いざまに驚くものあからさまに黄色い声をあげるもの
もしかしてと振り返るもの
他人の空似だろうとシカトするもの

反応は様々だ

が、彼らは築いていないのだろうか
そんな疑問符が浮かぶほど周りを気にしていない只自分たちのみで歩きながら談笑を続けている
時折垣間見せる笑顔があたかも本当のそれのように振る


そこらが流石と言える
そうでなければその世界で生きてゆけないのだと思うが

「どうする?今日は何処でスんの、つーか誰がネコ?」
「じゃあ、今夜は僕が……」

わかる人間が聞けば卑猥な会話。
といってもこの界隈では珍しくないのだというのはある意味問題ではあるが、それでも、ネコやタチだのそういった単語が飛び交っているのは事実である。

そんなことはさておき、彼らは一軒のホテルへ足を向けた。
錆びれた看板のネオンの所々がチカチカと目障りに点滅している。

「ここで、いい?」
「別に何処でも」

感情のなさそうな声だった。
確かに彼はこの中で最年長で妻も子もいるはずだ。まあ、そこら変は色々事情があるのだと思うが
珍しい部類に入るのだろう、俗に云う"幸福"は殆ど持っているも同然であるのに、


こういった、"幸福"を持ち合わせいるものは存外たちが悪い。
寂しさとは本来無縁な筈であるこの部類に属するものは逸れを持っているが故に、ある感情が芽生える。
人々は逸れを、餓え或いは乾き、はたまた焦燥感といった感じに表現するが、その感情が彼に深くねずいている。そのせいといっては少し語弊があるかもしれないがまあ、そこらへんは今回気にしない事にするとして、だ。彼はある異常性を身に付いているといっても過言ではない。
普段TVのなかや、社会的生活、家庭内などではまあ、温厚の部類に属すると思うが、その一方に影のようなものが生まれているのである。
彼の場合それはサディズムを持つ性倒錯者という部分がこういった時に現れるというものだ。
しかし彼は二重人格者ではない。その部分はれっきとした、彼自身なのであるから、そこのところを誤解してはいけない
それも此処では珍しくはない歪みではない。
光ある所に必ず影はできるのだから。
そんな話は此処らへんで終わりにするとしよう。

「すいません。一泊いくらですか?」
「三人かい?そうさね、どの部屋にするんだい?ピンからキリまであるよ。うえは一様、一泊五万五千円で一番安くて一万二千円だよ。アブノーマルな感じがいいなら、道具のレンタルあるけど、どうする」

下品た嗤いを薄く浮かべるのはホテルのカウンターに座っていた六十代ぐらいだろうが、それよりも白髪と深く刻み込まれたシワのせいで老けて見える女だった。

「どうします?」
「別にスルだけなんだし…汚くない程度の部屋でいいんじゃない?」

「じゃあ、この二万三千円の部屋で」
「はいよ…。じゃあはい、302号室の鍵ね。しかしあんたらも酔狂な奴らだねェ」
「そうですか…」

鍵を乱雑に受け取ると、彼らは無言のまま階段へと足を向けた。

カツンカツン
無機質な音がフロアに響く。
階段を登っていくと、時折厭らしい嬌声が聞こえてくる。
それは男のものや女のものが入り乱れていた。
こういった声のようなものでも興奮する者も世の中にはたくさんいる。
彼らのうち二人ほどはソウらしい。
しかし、残りの一人、今回タチにまわったうちの年齢が彼らなかで真ん中にあたる彼は違うらしい。
彼自身が思うに、不感症の手前ではないか、そんな不安がつきまとっている。
そう思うのは、最近どんな女性を見ても興奮というか、性欲が湧かないのであるいったいどうしたというのだろうか?
そういった感情というか欲求が満たされるのは、今日のような行為をしようとするときだけだ。

特に同性愛者ではないはずだが…
まあ、バイであることはあるが、恋愛対象としては異性が好きな事に変わりはない。

ふと、そんな事を考えながら、時々ギシギシやらミシッなどと不快な音を奏でる狭い階段で三階まで上がって行く。
手すりには時々卑猥な単語がかかれた形跡があった。
油性で書かれたものだろう、消した痕跡があるがまだ残っている
なんと書かれたのだろう?漢字が書かれたらしく見覚えはあるものの自分たちの回らない頭で考えてもきっと答えは見つからないだろう。

などとたあいもない事を考えているうちに三階のフロアまでたどり着いた
「32号室だよね」
「あっ…はい」


錆びかけた金いろのプレートにはこびり付いた手垢やら白濁のあとやらが汚く重なりあっている
カチャリと鍵であければギィィッと立て付けの悪い扉が啼いた。

部屋は薄暗くそれでも、窓から入ってきる外のネオンの灯りで妖しく照らされていて、彼らの情欲を少しばかり煽る。
ベッドはクイーンサイズの使い古された小汚い、それでもシーツは新品のまあ、この値段なら妥当な位のものだった。そのベッドの壁には大きな鏡が備えつけており、また反対側にはそろそろ使えなくなる十年くらい昔のアナログTVが醜い威厳を放っていた。

ベッドの両脇には少しひびが入ったステンドグラスのランプが置いてある
「どうします?とりあえずシャワーでも浴びますか…」
「ん〜?どっちでも」
「俺もどっちでもいいっすけど、一様浴びようかな…」
「じゃあ、お先にどうぞ」「俺は最後でいいや」

そういうと各々、行動を開始する。
そんな無機質なやりとりから分かるように、彼らに気持ちやそういう雰囲気のような色香はない。愛がなくとも出来る行為ではあるし、何の生産性もない。後腐れ無いのが何より良かった。
しかし、少なくとも最近では愛に近い何かが彼らの中で生まれつつあることは確かだ。
以前は酷かった。
ホテルの部屋についた途端に誰かその日のネコを無理やり押し倒し、優しさなど持ち合わせていない単細胞生物の様でもあり、動物のそれより酷い只、自分たち自身の欲を吐き出し一時の快感を得るだけのモノとしか相手を認識していなかった。しかし、最近では行為をする前に雑談をしたりだとか、軽い触れるだけのキスをするだとか、優しさを纏った愛撫だとか、そんな恋人まがいのことすらするようになったのは、たんに躯を知った仲ではなくほんの少しだけ、寂しさのような、"愛"みたいな傷を知ったからかもしれない。
言い換えるなら、同じ穴の狢という奴だろうか。

以前の彼らならきっと声をそろえて、嘲笑うだろう不安定で、何の意味もない関係。

しかし、彼らは否定出来ないのだ。

「……名前、呼んだらすみません」

たとえそれが、名前すらつけられないモノだとしても…。

「いや…。俺もアイツもお前も、たとえ名前を呼んだとしても、他の誰かと躯を重ねたときを思い出してるだけだろ」

それに応えることすら出来なくとも。

「そうですね…」

諦めて躯だけを重ねる。

「じゃあ、俺はシャワー浴びてくるから、先に始めててくれ」
「うん」
「分かりました」

愛を囁くことなどない行為にその身を落としてゆく。



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