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港街カプワ・ノール
叩きつけるような雨が降ってきたのは、静まり返った街に入ってすぐのことだった。



09港街カプワ・ノール



「びしょびしょになる前に宿をさがそうよ。」

ノール港に着くなり、カロルが発した言葉に皆が頷く。
宿を探すべく、街中へと足を進めていくが、雨水を吸収した服が肌に張り付き不快でしょうがない。しかし、この不快感はきっと雨水のせいだけではないだろう。

「港町というのはもっと活気のある場所だと思っていました…」

街中を見渡していたエステルが言った。
確かに、普通港町というものは物品の流通が多く、人も多いので活気に溢れている。
が、この街はそれが嘘のように静まり返っている。無論、天候のせいでもあるだろうが、この凍ったように張り詰めている雰囲気は異常だ。

「確かに、想像してたのと全然違うな…」
「でも、あんたの探してる魔核泥棒がいそうな感じよ。」
「デデッキって奴が向かったのはトリム港のほうだぞ。」

それを聞き、リタが鼻で笑う。

「どっちも似たようなもんでしょ。」
「そんなことないよ。ノール港が厄介なだけだよ。」
「どういうことです?」
「帝国の圧力がかかってるって事さ。」

エステルの問いに答えれば、彼女は首をかしげた。やっぱり、帝国についてはあまり知らないみたいだな。

エステルに詳しく説明をしようとしたときだった


「金の用意ができないときはお前らのガキがどうなるかよくわかってるよな?」

突如、ガラの悪い大声が辺りに響き渡った。
声の方に視線を向ければ、そこには数人の人影。見下したような笑みを浮かべる役人らしき男二名と、その男達の前で膝をついている男女。男女は悲しげに顔を歪めている。

「お役人様!どうか、それだけは!息子だけは…返して下さい!」
男は今にも泣きそうな顔で頭を下げるが、役人は嘲笑うだけ。

「この数ヶ月の間、天候が悪くて船も出せません。税を払える状況でないことはお役人様もご存知でしょう!」
「ならば、早くリブガロって魔物を捕まえて来い。」
「そうそう、あいつのツノを売れば一生分の税金納められるぜ?前もそう言ったろう?」

そう言うと、ニタニタと気色悪い笑みを浮かべながら、役人は男の腹を蹴り上げた。すぐに響いた女の甲高い悲鳴。それに満足したのか、役人は帰っていった。

「なにあの野蛮人。」

役人の背中を、まるで気持ち悪いものでも見ているかのような表情で睨みながら、リタが吐き捨てるように言った。

「ティオ、カロル、今のがノール港の厄介の種か?」
「ああ。この街は帝国の威光がものすごく強いんだ。」
「しかも最近来た執政官は帝国でも結構な地位らしくてやりたい放題って聞いたよ。」

最低…。ぽつりと、リタが呟く。隣にいるエステルは呆然とした様子で目の前の光景を凝視していた。ショック、受けてるだろうなぁ。


「もうやめて!その怪我では…今度こそ貴方が死んじゃう!」
「だからって俺が行かないと息子はどうなる!」

突然、悲痛な叫びが響く。
その方向に視線を向ければ、先程腹をけられた男がよろよろと立ち上がっていた。女は男にすがりついて泣いている。
女は必死に男を止めようとするが、彼は聞く耳持たずで走り出した。
が、その数秒後、故意に出されたユーリの足につまづき、転んでしまった。べしゃり。男が倒れる音が虚しく響く。

「痛っ……あんた、何すんだ!」「あ、悪い、ひっかかっちまった。」

明らかに謝罪の意がない言葉。
背後から慌ててエステルが男に治癒術を施すべく飛んでいっても、彼の態度は変わらない。本当に、損な役回りだと思う。

結局、男女がエステルにお礼を言うまで彼の素っ気無い態度は続き、その後、彼は黙って暗い路地裏へ入っていった。

(これがユーリなりの優しさなんだろうな。)

不器用な彼に思わず漏れた笑み。それをなんとかいつもの表情に戻すと、俺は皆の目に入らないよう、静かに歩き出した。






周りに人がいないのを確認し、進んだのは橋の上。雨の匂いに混じって、微量の潮の香りが鼻をくすぐった。

俺の視線の先には一際大きな執政官邸。……いや、執政官邸は視界の隅に入っているだけだ。視界の中心にあるのは建物ではなく、人。
その人物とは、黒髪を高い位置に結び、異国の衣服を身に纏った男。

男はゆっくりと振り向くと、俺と目を合わせる。

「よ、シュヴァ―ン。……いや、今はレイヴンか。」


声をかけたその瞬間、血色の悪い頬が若干緩んだ気がした。










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