忘れ物
5.
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それからブルマの母とヤムチャは、長い間話し込んでいた。
 
思い出話に始まり、最近の暮らしぶりや懐かしい仲間達の事まで…。
 
話がちょうど悟空の事にさしかかった時、聞き慣れた足音が近づいてきた。
 
「あら、ベジータちゃん。
ベジータちゃんもお茶になさる?」
 
足音の主、ベジータは無言だ。
 
だがそんな事には慣れているのか、夫人はベジータのカップを取りに席を立った。
 
一方、先程の一件を悪気が無いとはいえ覗き見してしまい後ろめたいヤムチャは、そ知らぬふりをしてやり過ごそうとした。
 
ベジータはそのまま歩いてくる。
と、足音がヤムチャの後ろでピタリと止まった。
 
…嫌な予感がする。
 
ヤムチャは、恐る恐る振り返った。
 
 
ベジータは、椅子に座ったままのヤムチャを見下ろしていた。
 
いつものように腕を組み、あごを引いて。
 
だが1つだけ違うのは、彼の顔に笑みが浮かんでいるという事だ。
 
「べ…ベジータ…?」
 
ほとんど無意識にひきつった愛想笑いを浮かべ、震える声でヤムチャは呼びかけた。
 
 
やばい。
 
 
本能がそう告げている。
けれども彼の視線にいすくめられ、身体は全く動かない。
 
 
ベジータは、それはそれは優しい声で、言った。
 
 
 
「見ていたな…?」
 
 
 
ザ――――――――ッ。
 
全身から血の気が引くのが、自分でも分かった。
 
体中から嫌な汗が吹き出す。
 
そうだ、いくら部屋の前で気を消したからといっても、廊下を歩いている時の気は消していなかったのだから、ベジータが気づかない訳がない。
 
顔面蒼白になって固まっているヤムチャと、未だに微笑んでいるが目が笑っていないベジータの所に、夫人がカップを持って帰ってきた。
 
「ベジータちゃん、ヤムチャちゃんはね、ブルマさんの忘れ物を届けに来てくださったのよ〜。優しいわよねぇ〜。」
 
「ブルマの?」
 
そこだけを強調するように、ベジータは繰り返した。
 
げっ!とヤムチャは思ったが、もう遅かった。
 
 
「ヤムチャちゃんとブルマさん、2人でお茶をしてたんですって〜。その時にブルマさんがハンカチを忘れちゃったのよねぇ、ヤムチャちゃん。」
 
だが、彼が返事をする事は無かった。
 
一気に膨れ上がったベジータの怒気に、半分泣きそうになっていたからだ。
 
だがそれを微塵も顔に出さないベジータは、器用に片方の眉を上げた。
 
「ほう?それはご苦労だったな…。
では、礼をせねばなるまい。」
 
言い終わると同時に、ヤムチャの首根っこを掴んで椅子から引きずり下ろす。
 
「なななっ、何すんだよ、ベジータ!!」
 
驚きと恐怖で上ずった声で、それでも懸命に抗議したヤムチャだが、ベジータは彼を掴んだまま、ずるずると引きずって歩き出した。
 
 
「ありがたく思え。
このオレが直々に、貴様のようなザコを鍛えてやろうというんだからな。」
 
「き、き、鍛える!?」
 
ヤムチャはさらに青くなる。
 
「い、いや、遠慮しとくよ!
お前だって忙しいんだろ!?」
 
「なに、気にするな。わざわざ忘れ物を届けてくれた礼だ。」
 
そう言う彼の足が向かう先は、重力室。
 
う、嘘だろ――!?
 
必死で抵抗しようとしたが、サイヤ人の力に敵う訳もない。
 
その時、ブルマの母がベジータに呼びかけた。
 
「ベジータちゃん、お飲みにならないの?」
 
「いらん」
 
ベジータはそう言うと、部屋を出ようとする。
 
ハッとして、ヤムチャは夫人にすがる思いで必死の視線を送った。
 
――おばさん、助けてくれ!!
 



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