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16.癖だから辛い
幸村さん、と言った。すると彼はぶんぶんと首を縦に振ってまた腕で涙を拭う。
顔が赤くなるのに、と思いながらまた幸村さんの腕を下へ下ろして涙を拭う。
鼻をぐずぐずと言わせて、また腕を使おうとする。幸村さんが腕を使う前にさっとティッシュを差し出して使わせた。
幸村さんは口を開けたが、すぐに鼻を噛んだ。開いた口から嗚咽が聞こえた。あ、嗚咽は前からか。と冷静な頭で考える。

幸村さん、と私はまた呟いた。彼は私が差し出したティッシュで涙を鼻水を拭いながらぶんぶんと頭を縦に振った。
"幸村"と言う響きは苗字に似てるから、大丈夫かな、と思った。私は初対面の人の名前を会ってすぐに言うことに慣れていない。


そう言えばあの時、いきなり゛ここにいてもいい゛証明、真っ白がここにいる、という理由をもらったような気がする。今になって思うことだけど。
名前を尋ねられるよりも先に存在証明をもらった。だけど、やはりそれはあの人だからこそできたことであって、あぁ、こんなことぐだぐだ考えても仕方がない。

幸村さん、と私はまた彼に聞いた。彼は頷く。あぁ、彼はここにいるんだなぁと思った。
幸村さんはさっきから私の服の裾を握っていた。
左手ばかりで拭ってたのはその所為か。まるで迷子になった子供が母親の足に縋るように見えたので、ぽん、と抱きついてしまった。
しかし幸村さんは先程と違い、女人の抱擁を受け入れている。

・・・。

いや、やめよう。こんなこと考えても仕方がない。今には関係ない。だって彼は患者でも対象でもなんでもない。「真田幸村」と言う一人間なのだ。患者でも対象でもないし、そもそも分析、など。

・・・・・・・・・・・・。

今は関係ない。あの時だって私の身の回りに体温があった。あの人達が私と一緒にいてくれて、"私がここにいる"ことを教えてくれた。


幸村さんが私の腕の中でむせて泣いていることをぼんやりと考えながら、彼自身のことを考えていた。



(寂しがりや、なのかな)

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あきゅろす。
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