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サンプル
こいほす
「ふ、ん、・・・んっ」
 苦しげな吐息と硬く閉じられた瞳が、全身で金時を感じているのだと示している。長い艶やかな黒髪をするりと撫でてやれば、そんなことでも感じるのか敏感な彼女はふるりと体を震わせた。
「や、きんと、き・・・っ」
「ごめんね、トシが可愛くて我慢できなかった」
 漸く離れた唇から、荒い呼吸が続く。金時は労わるように触れるだけのキスを何度も落としながら、ぐったりと力をなくしてしまった彼女の体を優しく抱き締める。そんな指先に甘えるように、トシはこてんと頭を倒して、金時の胸元に寄り添った。
「ん、可愛い」
「・・・金時のばか」
 肩から流れる髪の先を掬い上げて唇を寄せれば、そんな気障な仕草に照れたのかトシは頬を赤く染めて視線を逸らしてしまった。くすくすと笑う金時がまた彼女は気に食わなかったのだろう、顔は背けられたままでも鋭い視線だけをこちらに向けてくる。
「トシが可愛いから仕方ないの」
「どういう意味だよっ」
「そのままだよ。ちょっと風呂入ってくるね」
 一緒に来る?と微笑んだまま尋ねてくる彼に向かって、ベッドの端に積んでいたクッションを投げつけてやれば、彼は一層声を立てて笑い始めたので、トシは面白くなくて苛立ったようにベッドに体を倒した。
「意味わかんねぇよ、ばか・・・」
 こんな子供のような自分のどこが可愛らしいのか分からない、と先ほどまで金時が眠っていたベッドに顔を伏せて、トシは小さく唸りながら両足をじたばたと動かした。ベッドに鼻先を押し付ければ、そのシーツからは彼の香りがする。いつも金時が自分と一緒に眠っているこのベッドには、彼の匂いが染み付いていた。
「・・・いいにおい」
 すん、と鼻を鳴らせば、より強く彼の存在を感じるというのに、金時自身はこの部屋にはいない。遠くからシャワーの音が響いているだけで、誰もいないここはとても寒く感じる。起きなければ、と思う心とは裏腹に、トシは体に布団までかけてしまった。全身を金時に包まれているようなこの感覚は、本人と体を寄せ合って眠ることよりも酷く欲情することに気付いた。
「・・・どうしよう」
 そわそわと両足を擦り合わせながら鼻先を枕に埋め、トシは落ち着かない心を持て余していた。シャワーの音は、まだ遠くから響いてきている。漏れる吐息に熱が篭っていると自分でも分かってしまって、トシはどうすればいいのか分からなくなってしまった。
 ガチャ、と響くドアの音。どうやらシャワーを終えたらしい。それほど広くは無い家をとんとん、と足音を立てて移動してくる様子が手に取るように感じられて、彼の気配が近付くに連れてトシの鼓動も早くなっていく。早く帰ってきて欲しい、まだ帰って来ないで、そんな両極端な思いに囚われながら、トシは己の体を抱き締めるように両腕を絡めた。
「ただいま・・・あれ、寝てるの?」
「・・・ううん」
 体を起こしたトシは激しく後悔した。湯上りの金時は、纏った色気を盛大に放ちながら火照った体をシャツに隠して髪の先から雫を垂らしていたのだ。白いシャツに下着だけ、というそんなラフな彼の姿を見ただけで笑ってしまいたくなるほど自分が欲情していることが分かってしまったトシは、もう隠すことを諦めた。布団から身を起こした彼女は頬を赤く染め上げて、唇を震わせた。
「金時・・・」
「ん?どうしたの」
「きんとき、・・・シたい」
 その時の彼の間の抜けた表情は、今までに見たことが無くこちらが吹き出してしまいそうなほど面白かった。だがそれを笑う余裕は今のトシには無い。もぞもぞと両足を摺り寄せながら強請るその表情はとても色を含んでいて、金時をその気にさせることなど容易かった。
「え、ホントに?いいの、トシ・・・?」


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あきゅろす。
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