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イグニッション2
 後日、懸念していた通り土方に「ヘドロの森」のチーフのトレーナーをする旨を言い渡された。銀時が考えていた通り、チーフであるお登勢は土方をトレーニングが出来るレベルまで教育したかったようで、テーマパークの基本は知っているチーフのトレーニングは最適だと判断したようだった。緊張した面持ちの土方の肩を軽く叩きながら、以前は銀時が持っていたトレーニング用紙を渡された。
「大丈夫だよ、そのチーフ、馬鹿だけどいい奴だからさ」
「・・・知り合いなのか?」
「ん?まぁ、知り合いってところ?」
「今日からトレーニング開始するけど、大丈夫かい?」
「あ、はい。大丈夫です」
 大まかなエリアの説明が書かれた紙を手渡しながらそう尋ねてきたお登勢に、土方は頷いた。ぱらぱらとプリントを眺めれば、以前自分が教わったことと同じものがそこには書き連ねてある。銀時がいつも通りで大丈夫なのだと言ってくれたのだ、何も不安になることは無いと、土方は思った。
「そうかい。じゃあ、もうすぐ来るだろうから後は頼んだよ。銀時、お前も手が空いたら手伝ってやんな」
「はいはい」
 返事は一回でいいんだよ!と母親のような怒鳴り声を上げるお登勢に苦笑しながら、二人は先にオフィスから出た。彼らのエリアの待機室からオフィスまでは少し距離がある。その日、朝一番のメンバーより少し遅れてシフトが入っていた二人は、誰もいないその静かなバックヤードをのんびりと歩いていた。
「はぁ・・・こういうのはあんまり好きじゃねぇんだよな」
「でもお前、教えるの上手いじゃん」
「好きと得意は一緒じゃねぇよ」
「・・・そりゃそうだけど」
 ファイルに目を落としながら、土方は重いため息を吐く。駅で待ち合わせをしてから更衣室へ行き、そしてオフィスで話を聞くまでに何度彼はため息を吐いただろう。幸せが逃げるというのなら、彼にはもう残っていないのではないかと思わず笑ってしまう。
 それが、己が笑われていると勘違いをしたのだろう、キッと鋭い視線を向けられ、何がおかしいんだと低い声で威嚇されてしまった。
「お前、気ィ張りすぎなんだもんよ。見てて面白くってさ」
「テメェ、人が真剣にっ、」
 からかわれたと悟り、声を張り上げようと開いた土方の唇は、銀時から施された軽い口付けによってあっさりと萎んでしまった。職場でキスをされるとは思ってもいなかった土方は、一瞬の沈黙の後に見事に頬を真っ赤に染め上げた。
「おー、真っ赤」
「て、テメェぇぇえ!!こんなところでするんじゃねぇ
!!」
「えー?だって可愛かったんだもーん」
「うるせぇ!ボケ!天パ!白髪!ハゲ!!」
「ちょ、お前はことあるごとに天パ馬鹿にすんのやめろ
!!そして俺はハゲてねぇ!ふっさふさだ!」
 そうして、朝から怒鳴りあうというかなり不毛なやりとりを繰り返し、仕事前にもかかわらず疲労困憊した二人は、肩で息をしながら漸くエリアの待機室へと辿り着いた。ぶつぶつと文句を言いながら土方が扉を開くと、そこには見たことの無い男がのほほんと笑いながら椅子に腰を下ろしていた。
「え、」
「おお!!金時じゃなかか!まっこと久し振りじゃのぉ!」
「うるせぇ俺は銀時ですよバカヤロー。いい加減人の名前くらい覚えやがれバカヤロー」
「あっはっはっは!相変わらず厳しいのぉ!」
 土方が誰だと尋ねるより早く、彼は高笑いをしながら隣で苛立ったような銀時に対して声をかけた。銀時の知り合いなのかと今度は彼に尋ねようとしたとき、土方の前に彼が歩み寄ってきた。
「おんしがわしのトレーナーじゃな?別嬪さんじゃのぉ、あはははは!」
「え、っと・・・土方です」
「わしは坂本じゃ、ドームでチーフをしちゅうが。エリアが統合されるがやき、ここに移動することになっちゅう。よろしく頼むぜよ!」
 方言の強い彼の言葉に少し違和感を持ったものの、土方は悪い人では無いと安堵の笑みを浮かべた。事実、坂本は銀時に馬鹿扱いをされながらも彼よりランクのはるかに高いチーフを勤めているのだ、予想以上に頼りになる存在のようだった。
「今日一日、よろしくお願いします」
 軽く頭を下げた土方に対し、坂本は再び軽快に笑った。



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