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ERQ5


 咄嗟に山崎からだと言ってしまったが、無事に渡すことが出来て土方は心底ほっとしていた。
 久しぶりに訪れた休日、普段ならば恋人でもある銀八と会うために家を空けることがほとんどであるというのに、その日に限って彼に急用が入っていた。休日が決まっている学校で働いている分、休みを合わせることは容易ではあったが、いつもお互いが暇であるとは限らない。せっかくの休みなのに申し訳ないと眉を下げる銀八を、土方は責める理由もなかった。
 そうして時間を持て余した土方は、滅多に訪れることのないショッピングモールに足を運んだ。最近出来たばかりのそこは、生徒たちの間でも話題になっていて、特に女子生徒たちはここの服が可愛い、あの雑貨が欲しいなどと盛り上がっているようだった。
 うんざりする人の波に揉まれながら、土方はふらふらとウィンドウを眺める。特に欲しいものもなかったために、ただ歩いていただけの彼の視界に、一軒の可愛らしい雑貨屋が映った。
 普段ならば目に留めることもない、テディベアやピンクのリボンが飾られたその店内に、まるで吸い込まれるかのように土方は足を進める。そして、飾られていたネクタイを思わず手にとって、しげしげと眺めてしまった。
 ピンクを基本に、リボンや熊の描かれた可愛らしいネクタイ。きっと銀八ならば似合うだろうと、無意識にそう考えてしまった土方は、自分の思考回路の恥ずかしさに僅かに顔を顰めた。だが、一度目に留まってしまったものは気になって仕方がない。特に何か記念日というわけでもないのに、気付けばレジに並んでしまっていた。
「・・・はぁ」
 突発的な自分の行動を思い出して再び羞恥心に襲われた土方は、生徒たちの帰った無人の道場に一人しゃがみ込む。
 気付かれてしまっているだろうか、本当は自分が贈ったものだということを。いや、意外と何も考えていない銀八のことだから、素直に山崎からのプレゼントだと受け取っているかもしれない。
 こんなに悩むくらいなら買わなければよかったと、銀八の羨むストレートの黒髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
 そんな土方を落ち着かせるかのように、携帯が着信音を鳴らした。学校では余り使わないそれをポケットから取り出して開くと、そこには銀八からの簡素なメールが一件入っていた。
『今日はこの後、暇?』
 世間は既に大型連休に突入している。確かに学校自体は休みではあったが、部活はそうもいかない。だが、休みが全くないというわけにもいかず、偶然にも明日がその日であった。土方は乱れた髪を撫で付けながら、親指を動かす。
『特に予定はない』
 それだけを打って携帯を閉じ、道場の窓を一つずつ施錠していく。高い場所の窓へ何とか手を伸ばして鍵をかけていると、再び携帯が鳴った。
『じゃあウチ来ねェ?』
 夜、銀八の家を訪ねてそのまま帰れることは少ない。だとすればこのまま泊まりだろうなと確信し、土方は小さく息を吐きながら分かったと返事を打った。こういうとき、お互いが気兼ねしない一人暮らしでよかったと思うところだ。
 戸締りを確認して電気を消し、道場の入り口に鍵をかけていると、三度携帯が震えた。
『外の駐輪場で待ってる』
 ここ最近でいつも使っている原付が壊れたらしく、自転車通学をしている銀八は、こうして帰宅が同じ時間になるとたまに土方を乗せて帰ってくれる。自転車の二人乗りは推奨されるわけではないが、疲れた体は悪いことだと思いながらもそれに甘えてしまう。
 職員室に戻って道場の鍵を返し、手早く自分の荷物をまとめると土方は小走りで駐輪場へ向かった。
 生徒たちが帰ってしまった静かな校舎を抜けて、履き慣れた革靴に足を突っ込む。誰もいない運動場を横目に、ぽつんと一台だけ残った自転車と、それに背を預けて携帯を覗き込んでいる銀八を見つけ、土方は声をかける。
「待たせた」
「お疲れさん」
 顔を上げた銀八は穏やかに微笑みながら、歩み寄ってくる土方の手から鞄を受け取り、自転車の籠に放った。既に鍵は外してあったらしく、がしゃんと足でスタンドを払って動かした。
「明日も部活?」
「いや・・・明日は休みだ」
「丁度いいや、明日どっか行くか」
「・・・どうしたんだよ急に」
 普段、二人で会ってもどこかへ出かけようという話には滅多にならない。表立ってデートということも出来ない二人は、人混みが嫌いだということもあって大抵いつも会うのはお互いの部屋ばかりだ。
「だってお前、明日誕生日じゃん」
「・・・あぁ」
 十代を過ぎてしまえば、ただ年を重ねるだけの誕生日など最早嬉しくもない。だが、自分でも忘れかけていたその日を、こうして祝ってくれるというだけで嬉しさが込み上げてくる。照れくささに素っ気無い返事をした土方だったが、それで気を悪くするほど、銀八との付き合いは浅くなかった。
「まぁ、動けたらの話だけど」
「・・・は?」
 不振そうに眉を顰めた土方に対し、銀八は隠す気もないのかにやにやと下卑た笑みを浮かべている。
「お前さ、こうして会うのどんだけ久しぶりだと思ってんの。ただでさえ最近可愛いことされちゃってさ、俺が我慢できてると思ってるわけ?」
「か、可愛いことって何だよ!俺は何も、」
「お前さ、俺のこと大好きで仕方ないって顔してんだぞ」
「ッ・・・してねぇよバーカ!調子乗んな!」
 言ってもいないことを指摘され、土方は顔を赤らめて否定する。そんなところが可愛くて仕方ないのだと、銀八は笑いながら彼の背中をぽんと叩く。
「正直さ、ちょっとヤバイくらいテンション上がってんのよ。・・・家まで持つか微妙だね」
「ばっ・・・」
 馬鹿じゃねぇの、と校舎に響き渡るような絶叫を上げる土方を笑いながら、銀八は彼を自転車の荷台に乗るよう促して自らもサドルに腰を降ろした。


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