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イグニッション


 土方はふらふらの足取りで、休憩のためにと待機室に戻ってきた。慣れている銀時はそれを見て苦笑しながら、土方にペットボトルを差し出してくれた。
「・・・ありがとうございます」
「キツイだろ?でも慣れりゃ楽だからさ」
「・・・はい」
「とりあえず、昼飯でも食うか」
 びっしりと土方の丁寧な字が並んだメモ帳を開きながら、銀時はそう言った。二人だけの静かな待機室には空調の微かな音と、頭上で響く絶叫マシンの音だけが響いていた。土方は貰ったペットボトルを傾けながら、じっと目の前に座った彼を見つめた。
 年上で、銀色の珍しい天然パーマのかかった髪。トレーナーの経験はたくさんあって、同じ大学の友人である山崎や、沖田も彼に教わったらしい。いざというときに頼れるけれど、普段はとてもやる気が無い。トレーナーのときは色々と口出しするけれど、普段はぼんやりして仕事もサボりがち。でも、子どもが大好き。会って数時間しか経っていないけれど、もうこれだけのことを知っている。土方は苦笑しながら、家で作ってきた弁当を広げた。
「え、何?土方くんってばお弁当作んの?」
「あ、はい。一人暮らしなんで、節約しないと・・・」
「へぇー、・・・玉子焼き美味そう」
 じっと土方が広げた弁当を見つめてくる銀時の手には、味気ないコンビニのおにぎりが握られている。土方は苦笑して、食べますか?とそれを勧めた。
「え、いいの!?」
「美味しくないかもしれないけど」
「いやいや、そんなことないって!じゃ、いっただきま〜す」
 ひょい、と弁当箱に詰められていた玉子焼きを一切れ摘み上げ、銀時は嬉しそうに頬張った。それだけでも何だか気恥ずかしいような気がしていた土方だったが、それに追い討ちをかけるように彼はそれを絶賛した。
「何これ、甘いし美味い!ちょ、土方くん料理得意なんだ、いいな〜」
「高校の頃から、作ってましたから」
「そうなの?いや、でもこれめっちゃ美味いよ。これなら銀さん毎日食べたいわ!」
「・・・も、分かりました」
 照れたように顔を真っ赤にした土方は、止めてくれと言わんばかりに銀時の前に片手を突き出した。それに、まるで愛らしいものでも眺めるような瞳で銀時は笑いながら、手に残っていたおにぎりを齧った。
「可愛いね、お前」
「えっ」
 俯き、照れて赤くなった表情を隠していた土方は、そんな銀時の思わぬ言葉に意表を突かれて顔を上げた。そこには、意地の悪いものとは違う優しい笑顔を浮かべた彼がそこにいて、土方は染まった赤い色が更に濃くなるのを顔に立ち込めた熱の温度で感じた。居心地が悪いと、土方がどことも知れず部屋から出て行こうとしたときだ。
「ただいまヨー」
「おう、おかえり」
 無遠慮に待機室のドアを開いたのは、自分より先にこのアルバイトを始めているいわば先輩の神楽だった。疲れたように揃いの赤い帽子をテーブルに放り投げると、部屋の隅に設置された冷蔵庫を漁り始めた。
「あー、涼しいアル・・・生き返るヨ」
「おいこら神楽、あんま開けっ放しにすんな。中身が温くなんだろうが」
「暑いから仕方ないネ。だったら冷房もっと上げるヨロシ」
「・・・ババァに殺されるぞ」
 冷房のリモコンに手を伸ばそうとしたその手は、銀時のそんな一言によって動きを止めた。顔を真っ青にした神楽は、仕方が無いアルといつも以上に片言で喋りながら、今から昼食だと嬉しそうに弁当を取りにロッカーへ行ってしまった。彼らのエリアのチーフ、お登勢は最強である。
「お前も、・・・くれぐれもあのババァ怒らせんじゃねぇぞ」
「・・・はぁ」
「アイツ怒らせたら何するか分かんねぇからな、ホント怖ェ。そこらの怪獣なんかメじゃねぇ、」
「あ、銀ちゃん、ごめんヨ。無線入りっぱなしだったネ」
 神楽の茶目っ気満載のその台詞に、銀時はそれこそ紙よりも白い顔をして機械のように首を彼女の方へと向けた。ベルトに差したままの無線がどうやら反応したままだったらしく、銀時の今の台詞は無線を通じて全てのクルー、はたまたチーフにまで届いてしまったのである。
『銀時ィィィィ!!今すぐオフィスに戻ってきな!!』
「すすすすんませんすんません!!許してぇぇぇぇぇ!!」
 本人のいない待機室で机に頭を強打するほど土下座を繰り返しながら、怒鳴っているお登勢に対し泣きながら謝罪を繰り返している銀時に、土方は思わず噴出した。
 ちなみに、エリアに出ていながらその台詞を無線で聞いてしまったクルーの全員が爆笑していたことは、待機室にいた三人は知る由も無いことである。



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あきゅろす。
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