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cross paradox2


 弾かれ、再度振り下ろされる刃。勢いを付けられて流されるまま、受け身の姿勢を取らざるを得ない。刀を交わらせるたびに押され、痛んだ足を引き摺らせながら背後に逃げれば、近藤の声は段々と近付いてきていた。もう、すぐそこに彼がいる。
 刀を交わらせながら、呼べばすぐそこにいる近藤の名前を叫ぼうとした、まさにその一瞬を、狙ったかのように。
「局長!!」
 隊士の声の方が、早かった。激しい戦場の中で叫んだその声は、確かに彼に届いたようだった。何かを告げながら駆けつけてくるその姿が、視界の端に映って土方は狼狽えた。声をかけたい、だけど少しでも意識を反らせば、視線を外せば、この男の刀を受け止められる自信が、今の土方には無かった。両手で握り締めた刀が、血で滑るのを必死で抑える。
「どうし、・・・と、トシ・・・!?」
 駆け寄ってきた近藤は、刀を合わせている隊士に驚き、警戒し、そしてすぐに驚愕の表情を浮かべた。それも仕方のないことだ、自分の仲間である隊士と土方が、刀を交わらせているのだ、状況の把握など出来ないだろう。困惑している近藤の方へと、隊士が顔を向けた。
「!」
 隊士の意識が近藤に反れた、それを土方は見逃さなかった。競り合ったままだった刀を思い切り弾き、隙を作る。ガキン、と鈍い音を立てたそれが離れ、土方はその空いた肩から胸にかけて斬り付けようと刀を振り上げた。
 だが、近藤の動きの方が若干速かった。振り下ろされる刀を見据え、それが隊士に振り下ろされると確信した近藤は、彼を思い切り突き飛ばした。同時に、庇うような形で刀の軌道に入ってくる。
「っ・・・!」
 振り下ろす刀を止める術を、土方は持たなかった。それでも辛うじて勢いだけは押さえることが出来たのだが、それは真っ直ぐに、近藤の肩へと、入って行った。
 ざん、と降りた刀。切り裂かれたのは隊士ではなく、近藤の肩。ぐっと鈍い声を上げて血を噴き出す傷口を抑えながら、近藤は動揺を隠せない土方をきつく睨み付けた。
「なに、やってんだ・・・ッ!」
 近藤から見れば、土方が自分の仲間である隊士を攻撃しているようにしか見えない。それは当然のことだった。だが、土方は自分の仕出かしたことの大きさに、震える身体を抑えられなかった。抑え込んだ右肩の傷から流れ落ちる血液は、自分が齎した傷から。膝を付いてこちらを見上げる彼の視線は、酷く責めるように、訴えてくる。
「ぁ・・・」
 言葉が、出てこない。まるで喉が詰まってしまったかのように、何も喋ることが出来なかった。
「大丈夫ですか、局長!」
 空々しい隊士の声が、土方を更に混乱へと導く。これでは、まるで自分が裏切ったかのようだ、と。
「何で・・・こんなこと、してるんだ・・・っ!今まで、何を・・・」
 痛みに顔を歪めながら叫ぶ近藤に、返す言葉が出てこない。
 違う、本当は違う、裏切ったのはその男なのに。こんな状況じゃ、もう反論なんて出来やしない。
「副長が・・・副長がいきなり襲いかかってきて・・・!」
「!!」
 耳を疑う隊士の言葉に、土方は瞳を見開いた。
 嵌められたのだ。こうすることが目的だったのだ。自分と近藤との間を裂くこと、自分が戻る場所を奪うこと。先程、何だかんだと攻撃を仕掛けて来なかったのも、自分がターミナルの方へと逃げることを黙認したのも、この場面を近藤に見せるためだったのだ、と。
 気付いたときには遅かった。
「ち、が・・・」
「トシが?・・・まさかそんな、」
 疑惑の色を浮かべる近藤に、隊士は迫真の演技を魅せる。困ったように眉を顰めながら、小さく首を振って、俯く。こんな様子を見せられれば、恐らく自分でも信じてしまうかもしれない。それほどに彼の演技は上手かった。
「仲間も数人、やられました・・・信じられませんけど、高杉一派と何らかの繋がりがあるとしか思えません・・・!」
 苦しげに叫ぶ隊士、驚愕の表情でこちらを見上げる近藤。土方は微かに違うと呟いただけで、それに言葉を返すことが出来なかった。何を言っても、言い訳にしかならないと、分かっていたから。
 状況が揃っているのだ。今まで完全に姿を消していながら、高杉一派と思われる過激派攘夷志士たちがターミナルを襲撃すると同時に戻ってきた土方。そして今まさに、真選組の隊士である彼を襲っていたという、事実。誰がどう見ても彼の言い分を信じるだろう。更に言い返すこともない土方を見れば、信じざるを得ないだろう。
「まさか・・・違うだろ、トシ・・・これは何かの、」
 もう言い逃れは出来ない。彼の眼は疑惑を浮かべたままだ。手放しに信じてくれるとは思っていなかったけれど、疑われることがこんなにも心を乱すとは思っていなかった。完璧な状況が揃った上で、更には近藤を傷つけてしまったという事実も含めて、土方は混乱の最中にいた。どうすればいいのか、本当に分からなかったのだ。
 だから、彼は逃げ出した。震える手のひらから血に染まった刀を足元に落とし、重い身体を引き摺って、彼の目の前から走り去った。
「トシ・・・!」
 残された近藤はただ困惑した。状況が状況だけに、追いかけていいのか分からなかった。本当に高杉一派と手を組んでしまったのかも分からないし、何か事情があったのかもしれない。聞きたいことは山のようにあったけれど、動こうにも傷は思ったより深いようだった。立ち上がろうとすれば、ずきんと肩が叫び声を上げる。
「ぐ・・・っ」
「局長!まずは傷の手当てを、」
「あ、・・・あぁ」
 促されるままに、隊士の手を借りて近藤は立ち上がった。走り去ってしまった土方が心配で何度も振り返りはしたけれど、追いかけることも出来ないまま、その場から立ち去ることしか出来なかった。



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