願望












「学校に、行きたい」




見馴れた医者と看護師、それから隣にお母さんがいる空間の中、私ははっきりとそう言った。誰もが驚いている、でも私は気にせず話を続けた。




「あと三ヶ月しかないんだから、病室なんかじゃなくて自分が行きたい場所で過ごしたい。それくらいの自由くらい、私にだって許される筈だよ」




原因不明の病気で段々機能しなくなる身体に恐怖しながら、学校にも行けず病院で囚われる生活。
私の身体を守る為だとは分かっていても、私にとっては自由を奪われた味気無い生活でしかなかった。無論、親に感謝はしてるけれど。
それでも、残りの三ヶ月くらい、私の好きにさせてほしいんだ。




「…でもね、鈴生ちゃん。学校だけじゃなくて、外の世界はすごく大変な所なのよ。もしかしたら三ヶ月がもっと短くなるかもしれないし、」

「そんなの分かってます。それでも行きたいの」

「………」



医者の言葉を遮って言うと、彼女は諦めたように溜息をついた後、お母さんの方へ顔を向けた。暫く顔を強張らせていたお母さんだったけど、ふ、と息をつくと、「この子の好きなように、」と一言言った。





「、…ありがとう、お母さん」


「…じゃあ鈴生ちゃん、またちょっと外に出てくれる?先生、お母さんと話したい事あるから」

「ん、」




医者に言われた言葉に私は素直に席を立った。勿論、その「話」の内容が気にならない訳ではない。…けど、これ以上我が儘を言う訳にもいかない。
そう思った私は黙って立ち上がり、また先程まで座っていた待合室のソファーに腰を掛けた。





「………あ、」




先程と変わらない澄み切った蒼空。
……その空を、鳥が一羽、くるくると飛ぶ。舞う。






「………素敵、」

「何が、ですか?」



「、っ!?」




突然知らない声に話しかけられて、私はびくっと肩を震わせた。慌ててそちらを向けば、そこには、








「クフフ、こんにちは」


「…こんにち、は」





……誰だろう。
変なギザギザ頭の、不思議なオッドアイの少年。
同い年位に見えなくもないけど、どちらかと言えば年上に見える。





「蒼いですね、空」

「……あの…」

「折角の天気なんです、よければご一緒に散歩しませんか?」

「……それは、ちょっと」

「おや。…具合でも悪いんですか?」

「…まぁ、そんなとこです」




具合が悪い、なんてレベルじゃあないけれど、ね。
そもそも初対面の人を散歩に誘うのもどうなんだろう。新手のナンパ、って言っても可笑しくないと思う。ていうかナンパだろ、これ。






「…あの」

「はい?」

「ナンパは、お断りです」




そうはっきり言えば、少年はぱちくりと目を瞬かせた後、くふふ、と言った。…いや笑った?
…くふふ、なんて笑い方、かなり珍しい。





「面白いですね、貴女は」

「(いやあなたの方が、)」

「大丈夫です、ナンパじゃありませんから。ナンパもどき、です」

「………」


「さて、ナンパもどきも失敗しましたし…僕はこれで」

「…はぁ」





いずれ、また。
そう呟いて、オッドアイの少年は向こうへ歩いて行った。
……また、なんてあるんだろうか。できればあんまり逢いたくないような。



「鈴生ー」

「、お母さん」

「先生が鈴生にも説明したい事があるからって。こっち来なさい」

「ん…」





多分学校で気をつけてほしい事とか、そんな感じの注意だろう。長い話は嫌いだけど、少しでも長く生きる為には仕方ない。私はゆっくり立ち上がって、私を待つお母さんの元へと歩み寄った。
先程とは変わって澱んだ雲が浮かぶ蒼空を、鳥が一羽、気重そうに飛んでいた。








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