可笑しい
ツナがあたしを馬鹿にして、あたしがツナに激怒して。
それは当たり前、日常茶飯事のことなのに、何でだろう、今日は酷く可笑しく思えたんだ。
「なあ、体育のレポート、書いた?」
帰り道、あたしのニ歩前を歩くツナが後ろを向かないままそう聞いてきた。んー、やったんじゃない?あたしも他人事のようにそう返した後、はっとして強く言う。
「見せないからね!」
「見るかよ馬ー鹿。お前の目に毒な汚い字かつ内容もスッカスカなレポートなんて」
「はああ!!?なにそれ、ツナだって同レベじゃん!!」
「だって書く気ないもん。なまえは書く気あってその程度だから」
「ハッ、完成品が同じなら同レベです」
「じゃあ今日のは真面目に書いて出そうかな。先生驚くかなー」
「………」
ちいさな喧嘩はたいていあたしの負けで終わる。あたしが勝てた事はないんじゃないだろうか。何たって彼は自他共に認める「魔王様」だ。口も手もあたしなんかより数百枚上手な「魔王様」。そんな彼に負けて、下らない言い合いは終わる。今もまた一つ、勝負は終わった。
そして普通だと、少し休みを置いてまたすぐに言い合いは始まる。
「なぁ」
ほら来た。
「空、赤いな」
「……は?」
それは明らかにあたしを罵倒する言葉じゃなかった。なんとなく身構えていたあたしは、思わず素っ頓狂な声を上げる。それを不服に思ったのか、前方から舌打ちが聞こえた。え、あ、ごめんなさい。ツナの顔はまだ見えないけど、多分ご機嫌斜めなお顔に違いない。
「なに」
「え、なんか…急に何だと思って」
「俺だって浸りたい時あるよ。馬鹿にしてんの?」
「してない、してない。で?続けて」
「……俺、赤色って好きだなあ」
……本当に、なんか変だ。こんな話をしたのは初めてだ。だから何となく、あたしも真剣になってしまう。真面目に少し考えて、あたしは結局こう答えた。
「……あたしは、青空の方が好きだけど。青空だとさ、なんか広々としてて…皆がいるよって感じがして。夕焼け空は綺麗だけど、ひとりぼっちで寂しいって感じがする」
「………」
真剣に答えた。仲のいい友達にも、普段はこんな真面目に話さないってくらいに。なのに暫くして前から帰って来たのは、鼻で笑った短い一声だった。え、ちょ、可笑しくね?
「何それ!!人がせっかく答えたのに!!」
「いや、真面目に言われると……きもい」
「むかつくむかつく!!お前今絶対笑ってるだろ、」
未だにこちらを振り向こうとしないツナの手をぐいっと引っ張って、あたしはようやく彼の顔を見た。それは確かに笑顔だった、でも酷く、
歪んで、いた。
「っ……」
驚いて、バッと手を離した。それに気付いたツナが、やっと振り向いた。
ツナは、いつも通りの顔をしていた。
「……何」
「…なんでも、ない…」
「何だよ、隠し事?俺らの仲だろ?」
「ちょっ、変な言い方止めてくんない!?」
「手ぇ繋ごうか、恋人繋ぎで」
「へっ、」
差し出されたツナの手に、唖然。彼の顔を見ると、少なくとも冗談ではなさそうだ。え、本気?恋人繋ぎって、え、どうしよう。こういうシチュエーションは相手が誰でもドキドキする。相手がツナだからこそドキドキする。
でも、どうしてかな。
心臓は鳴るどころか、少しずつ黙っていく。
「な?」
「……こ、今回だけね」
そっとツナの手に触れる。その手は酷く熱かった。あれ、まさかの緊張?いや、汗一つない。じゃあ、あたしの手が冷たいのかな。
……まあいいけど。
「ほら」
「………」
指を絡めて、恋人みたい。本当に今日は変だ。ツナもだけど、あたしも変だ。今こうしてツナと歩く度、何でだろう、底無し沼のような何かに一歩一歩沈んでいく感覚を身に覚えてしまう。暗い暗い闇のような、その先に。
……気のせいかな。
まあ、気のせいだろうがそうじゃなかろうが、このままツナと歩いていられるなら、その先はどうでもいいかもしれない。何となく、そう思った。
ねえ、可笑しいのはあたしかな?
(あーあ、)
全てが赤く染まっていた。俺の服、床、横たわる少女。さっきまで右手に握っていた鋭利な光は、今はなまえの脳に突き刺さっている。ちなみに脳に収まる前、その光は彼女の腹を大きく裂いた。彼女は虚ろな瞳を宙に投げている。それが俺を睨む事はもうない。彼女は空気の出入口の役目を終えた唇を小さく開けている。それが喧しく俺に反抗する事は、もうない。
(やっちゃった)
冷たいなまえは何となく笑っている気がした。楽しい夢でも見てるのかな。覚めない夢。そこに俺はいるのかな。出来ればいさせてほしいけど、そこまでは望まないさ。
(なんでだろ…)
人を殺したかった。
それもある。
なまえが好きだった。
それもある。
…わかんない、何でだろう。
ただ。
「俺、赤色好きなんだ」
それも、あるかもしれない。
ねえ、可笑しいのは俺かな?
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