愛妻家の朝食
昨日は、テレビを見たの。
電源を入れたらお昼過ぎにやっているありがちな健康番組がやっててね、なんとなくぼーっと見てたのよ。あら、なに、その顔。私がテレビを見るなんて珍しい、って?まあ、気まぐれですから。
ああ、そう、それで。その番組で言ってたんだけど、果物は身体に凄くいいんですって。何でも煙草の害を防ぐらしくって、……え?本当かって?知らないわ、でもほら、あなたの近くには煙草をよく吸う方がいらっしゃるでしょう?例の右腕さん。知ってる?煙草を実際に吸う人より煙草の煙を吸わされる人の方が有害な煙を………知ってた?そ、ならいいの。ああ違う、そうじゃなくて……そう、なら尚更よ。出掛けるならちゃんと食べていって、私、お店に走って買いに行ったんだから。林檎はちゃんとうさぎさんにしておくから、なーんて。
「ねえ、あなたは嘘吐きなのでしょう?」
私と話すときと他の誰かと話すときではきっと人が全然違うんでしょう。いいの、それでも。私はそんな演技家なあなたを好きになって、演技家のあなたの疲れを癒す為だけに私はいるのだから。
ねえ、そうでしょう?
………ああ、そういえば、今日も帰りがひどく遅かったわね。もうこんな事は何回目かしら……ううん、責めてる訳じゃないの。だってあなたは忙しいんですもの、仕方のない事だわ。そう、忙しいのに朝は私の為に帰って来てくれて、一緒に朝食を食べて下さって。それだけで充分なの、本当に。私は大丈夫、寂しいときはピアノを弾いて紛らわすから。あなたが教えてくれた舞踏曲が孤独を消し去ってくれるから、大丈夫。
「ねえ、私の髪、大分伸びたでしょう?」
結構頑張ってお手入れしたのよ、元々髪質がいい訳でもないのに。理由?聞かないでよ、そんなの。決まっているでしょう、あなたが好きと言って下さったからよ。その指で私の髪を撫でて下さるなら、私、この欝陶しい黒髪も好きになれるわ――――
「……それは、何?」
珈琲を湛えるカップを片手に、あなたは訝しげに私にそう聞いた。朝食の後の素敵なひと時、私の長い思い出話に付き合って下さって有難う。
「何って……本日の思い出?」
「はは、懐かしいね」
可笑しそうに笑って、あなたはまたカップに口をつける。そしてまた時計をチラ見、……ああ、もうそろそろお仕事の時間なのね。マフィアのボスは大変ね、私と居られるのは朝の僅かな時間だけ。
「…ねえツナ、いま私が言った話、どう思う?」
「え?」
「勝手な嘘を言ったわね、ごめんなさい」
「……何の話?」
「全部私の勝手な考えなの。あなたのことを思っていたなんて、実際そうなんだけど、でもあなたの気持ちは思っていなかった」
「……俺、何かした?俺はなまえの事だけを考えてる訳にはいかない、でも」
「そうね、あなたは私を愛して下さってる。だからどんなに忙しくても朝食はいっしょで……」
でも。
あなたが愛している方は私以外にもいて、朝以外の時間はその方の為に使われてるとしたら、それは。
「…どうかした?今日、可笑しいよ」
「可笑しい?私が?そうかもね、私、」
ああ、態とらしい程青々と広がる空が疎ましい。あなたと私の為に用意した朝食の残りも、上に乗っていた料理を無くして白く輝く皿も、全部全部疎ましい。もうおかしいの、頭がぐるぐるするの。あなたがすき、愛しています。必ず私と朝を共にして下さる、愛妻家なあなたが。……愛しすぎて、どうしよう、困ったわ。
自分が右の手に強く握ってる、鋭く美しい光すら、見えない。
「もう、何も要りません。」
あなたの愛と血さえ、あるのなら。
song by 椎名林檎
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