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「……ふぅぅぅ………」
 地鳴りのような重苦しい溜め息が聞こえ、グラハムは顔を上げた。たった今出来たばかりのコーヒーを持ってリビングに行くと、音の発生源はこちらに一瞥をくれるだけで再び組んだ両手に顔を乗せる。
「どうしたのだい、ニール。何か悩みごとか?」
 険しく歪んだ顔の前にカップを突き出すと、青年は如何にも渋々といった態度で受取り、口を付けた。驚いた事に、そのまま喉を鳴らしている。
 グラハムはガラステーブルに置かれた空のカップに目をやった。同じテーブル上には湯気をたてるグラハムのカップがある。
「………熱かったろう」
「あぁ……うん」
 表情は幾分緩んだものの答えはかなりおざなりだ。ニールはソファの背持たれに体を預けると、ずっしりと沈みこませた。
「ニール、本当にどうしたと言うのだ」
 項垂るように突き出された頭をそっと撫でると、グラハムは身を寄せ、肩を抱いて優しくこめかみに口付けた。
 それほど長い付き合いと言うわけではないが、グラハムはこの青年の事をおおよそ理解しているつもりだった。勿論知らない事の方が多いのは承知している。仕事や現住所、これまでの生い立ちなど、ニールは語ろうとはしなかったしグラハムも無理に聞き出そうとはしなかった。
 それでも自分の元にいる間の彼の事だけは、誰よりも熟知していた。
 しかし今のニールの様子は、記憶の中のどの姿にも無い。
 グラハムは内心緊張しながらも、あやすように唇を落としていく。
 ニールの顔がこちらを向いた。当然キスをねだっているのだと思い顔を近付けたが、途端に革の手袋をはめた手がグラハムの行く手を阻む。
「ニー……」
「俺今、子育てに悩んでるんだ」
 ぽろっと出てきたとんでもない台詞に、グラハムは絶句した。
「子育てつっても、難しい年頃……? の奴らの面倒でさ、どうにか仲良くさせたいんだけどなかなか上手く行かなくて、……こないだだって………っ」
 グラハムなどまるで無視して話していたが、途中で悔しそうに言葉を切る。だんっ、と膝を打つ姿もグラハムには目を見張る程珍しい。
「くそ…っ、あんの利かん坊め」
 歯ぎしりでもしそうな勢いのニール。
 ふと、グラハムの脳裏によぎるものがあった。それがどんな感情であれ、果たして自分は、彼にここまで変化を与えることが出来ているのか、と。
 そう思った途端、不安になった。自信が、無い。
「うわっ、ちょ……」
 突然力強く抱き締められ、驚いたニールの声が上擦った。そのまま押し倒さんばかりの勢いを止めたのは、彼の氷の一言。
「グラハム、鬱陶しい」
 続けてブリザードを含んだ視線で睨みつけられては、さしものグラハムも離れるしかない。
 ニールと言えばまたしても重苦しい溜め息をつき、あろうことか舌打ちした。
「俺は休暇で来てんのに……」
 この距離だ。しかもニールの声を聞き漏らすグラハムではない。小さな呟きだったがバッチリ聞こえた。
「……グラハム、はっきり言って」
 体ごとグラハムに向けて、ニールはその瞳を見据える。
「あんたと居るとひじょ〜に疲れる」
 言葉が刃となってぐさりと刺さる。よく衝撃を受けたという表現に「鈍器で殴られたような」という言い回しがある。これまでグラハムはそんな馬鹿なと鼻で笑っていたのだが。
 今正に、その状態を実体験していた。
「あんたの側に居ると心拍数上がるし、声だけで体がビリビリするしこっ恥ずかしい事平気で言うし、心臓もたねぇ。………だからその目も!! んな見つめんな!」
 ニールの頬が僅かに赤い。グラハムは目を瞬かせ、ふわりと笑んだ。いかに愛しいニールの頼みでも、こんな愛らしい姿から目を逸らすことなど出来る筈がない。



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あきゅろす。
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