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空手形に込める



 授業を全て終え、帰り支度を済ませた生徒達がわらわらと校舎から吐き出されていく。
 その群れの中に友人二人と並んで歩く少年を見つけ、名取周一は運転席から降りた。
「夏目」
 前方に絶ち塞がるように姿を現しひらひらと手を振る。帽子とサングラスで顔を隠していても彼は直ぐに分かったようだった。さっと顔を強張らせ友人達に何事か告げてこちらに駆けて来る。
「何してるんですか名取さん!」
 小声で叫んだ夏目貴志は名取の腕をひっ掴みぐいぐいと引っ張って行く。何処行くんだいと笑いながら問えば「いいから」と些か不機嫌そうな声が返ってきた。
 校門から十分に離れた路地まで来ると夏目はようやく名取を開放した。
「唯でさえ目立つのに、出待ちとかホント止めて下さい」
「やっぱり内から湧き出るきらめきは隠せないよね」
「いや、そういうのいいですから」
 じゃ、と一人戻ろうとする夏目を今度は名取が捕まえる。用件くらい聞いてくれたっていいだろうと苦笑しながら言うと少年は渋々抵抗を止めた。
 彼が来るからには妖絡みに違いない。また手伝いをしろというのかと夏目は少し気落ちする。
 俳優として活躍していながら祓い人として妖を狩る名取。売り出し中の彼は、最近テレビなどで頻繁に見るようになっている。それなのに妖退治にも精力的に出かけて行っているようだから以前どちらが本業なのかと尋ねたことがあった。
 すると笑ってどちらも大事な仕事だと言う。
 どちらか一方を取り一方を捨てるのは勿体の無いことだと。
「まあ、妖祓いの仕事をする為に表の仕事を減らしているのは事実かな」
 ドラマなどでも主演を張ることも減っており、代わりにゲストキャラや脇役を演じる事が増えているようだった。
 にも係わらず人気は高く、夏目のクラスメイトの中にも彼のファンはちらほら見える。
 正直、この人のどの辺がそんなにいいのか夏目には分らない。
 そんな名取は思いの外真面目な顔をしていた。
「最近、的場一門が不穏な動きをしているようなんだ」
 的場と聞けば嫌な思い出しかない夏目だ。蛇のような冷血頭首を思い出し、寸の間気分が悪くなる。
「でもあそこ、不穏なことしかしないじゃないですか……」
 半ば口を押さえながら言えば、それに同意しながらも名取はその不穏さを強調した。
「どうもとある一帯の妖を一掃する為に力の強い術者を集めているようでね。その方法がまた強引なんだ。──夏目、君は的場さん本人から一門へ勧誘されていただろう? 用心棒にしっかり護ってもらいなさい。いいね」
 するりと頬を撫でられる。払おうとした手首を取られそのまま詰め寄られ、夏目はブロック塀に退路を塞がれた。
「約束してくれ夏目。自分の身を第一に考えると」
「名取さん……」
「君はいつも他人の事で必死になっているから……心配なんだ。あの人は手段を選ばないから、君を誘き寄せる為に妖怪を使ってくるかもしれない」
 十分有り得る事だった。
 いいね、と更に念を押され、夏目は無言で頷いた。
 きっと約束は果たされない。おそらく名取も分っている。
 分っていても約束したという形が欲しいのだろう。それがどんなに儚くとも。
「本当は私が君を護ってあげたいけど、生憎明日から沖縄ロケが入っていてねえ」
「は?」
 車で送ると言われ校門まで戻る道すがら聞いた耳慣れない単語に、夏目は隣を歩く男を見上げる。
「お土産、何がいい?」
 キラキラと輝く笑顔に俳優なのだと再確認させられる。夏目はどっと疲れてそっぽを向きその申し出を断った。しかし名取は聞いておらず、土産候補をずらずら挙げ連ねている。
 夏目は一人空を見上げた。
 初夏を迎えようとするこの季節、沖縄の空はきっともっと澄み、青いのだろう。



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