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「おのれ!土井半助!」
 声に導かれて裏庭を覗いてみれば、一年は組の良い子達を観客に、土井先生と曲者が戦闘中だった。
 ただ残念な事に、本気でやっているのは曲者と観客達だけのようだ。
 邪魔をしないようにそっと近付き、観客の一人に声をかける。
「伊作先輩」
 乱太郎に状況説明を求めると良い子達の口が鯉のように開いて、小鳥のように一斉に鳴いた。ちらと舞台を伺いながらそれを押し止め一人づつ話を聞く。要するにタソガレドキ忍者諸泉尊奈門が単身侵入し、懲りずに宿敵に勝負を挑んだと、それだけの事らしい。
「それだけとは何だ!」
 伊作の呆れ笑いに反応した尊奈門が飛んでくるチョークを避けながら叫んだ。
「!」
 その顔にぼふんと黒板消しが命中する。チョークの粉がもうもうと立ち込めた。
「一年は組の黒板消しは他のクラスより年季が入ってるからなぁ」
 補習授業の分だけ出番の増える黒板消し。だが掃除が甘いので粉が落ちきっていないのが特徴だときり丸が淡々と言う。
 勝利した土井先生はその一言でがくりと肩を落とした。
「尊奈門さん、お怪我はありませんか?」
 保健委員長として問うと、粉まみれの尊奈門の大きな目が伊作を悔しげに睨んだ。
(わ〜〜……)
 邪魔しないつもりが結局裏目に出てしまったのだ。かなり申し訳ない。
 尊奈門は無言のまま袖で顔を拭う。見たところ、双方外傷は無いようで安堵した。
「……お茶でも如何ですか……?」
 機嫌を伺いながら尋ねると、むっとしたままではあるものの尊奈門は頷いて立ち上がる。ギッと土井先生を睨んだ。
「いいか土井!今日のところはこれくらいで勘弁してやる!」
 ビシッと決めた尊奈門だが典型的な捨て台詞ですねと庄左衛門に言われ、突きつけた指先が震え顔が紅潮する。
 良い子達と共に微笑んでいた土井先生だが、次の瞬間顔色が変わる。伊作がそれを見咎めるのと同時にあらぬ方向から「尊奈門」と声が降ってきた。
「あっ!お前は…!」
 タソガレドキ忍軍忍組頭雑踏混雑な門!と声を揃えて間違える生徒を背中にかばい、土井先生は懐からスッと苦無を取り出した。「雑渡昆奈門…」
 苦無持ってるんじゃないか!と悲壮に叫ぶ部下を黙らせた昆奈門は、塀の屋根瓦の上に片膝をついて一同を見下ろしている。
 一瞬目が合ったと伊作は思った。
「尊奈門、用が済んだなら帰るぞ」
 それを聞いても警戒を緩めない土井先生は組頭自ら部下のお迎えかと挑発するが「そんなところだよ」と軽くいなされてしまう。
 しかし流石に迎えに来られた本人は慌てた。何時から!?と声を上げる。
「お前が城を出る頃からだ」
 全く気付かなかったのだろう。上司の登場に青くなっていた尊奈門は再び赤くなった。
「では」塀の上に跳び上がった部下を迎え、昆奈門が言う。伊作と昆奈門とで視線が絡む。「また」
 瞬く間にかき消えた二人を無言のまま見送る。遠くから小松田の叫びがして首を巡らせた伊作は、教師の強い眼差しに射られて身を固くした。
「あの人何しに来たんでしょうね?土井先生」
 足元に群がる生徒の問いに何だろうなと曖昧に答える癖に、彼が伊作に向ける視線ははっきりと意味を持っていた。
 伊作は苦笑し、寄ってきた乱太郎の頭を撫でる。
「──はい。土井先生」
「そうか」
 何ですかと首を傾げる乱太郎ににこりと微笑んで、伊作は来た道を引き返した。
 ──雑渡昆奈門程の忍を学園内に招き入れるのには賛同しかねる──
 危惧するのは最もだろう。だが伊作は彼がただ非情なのではないのを知っている。彼の温度を知っている。
 彼に喜びを感じるのはいけない事なのか。教師の目はその疑問を肯定していた。
「はぁ」
 この溜め息がタソガレドキへ届けば良いのにと、願った。


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