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うつせみ


「大丈夫か? 井上」
 一護がそう呼び掛けると、織姫は緩慢な動きで振り返る。
 ぼんやりとした表情。一護を見つけるとふわりと笑顔を作る。しかしそれは一護の知る「井上織姫の笑顔」ではなかった。
ドキリとする程美しく儚げな。
「……大丈夫か?」
 再度問掛けると、今度は僅かにうつ向いた。織姫は首の下でぎゅっと拳を握る。
「…ありがとう、黒崎くん。救けに来てくれて」
「井上……」
「でもどうしてかな……? 嬉しいのに、皆の所に帰れるのに、何だか力が入らないの」
 はらりと溢れた雫。
 織姫は再び一護から顔をそらす。
「何でだろ…。穴が空いたみたいなの」
 流れた涙は一つだけ。
 織姫は濡れた瞳を虚空にさまよわせる。
 その横顔は、誰も彼もを拒絶しているようで、一護はこれ以上近付けない。


『見た目が無傷で安心でもしたか!? 内側はどうなってるかも知れねえのによ!!』


 あの時はそれがただの脅しだと思った。自分の闘志を本能を喚起させる為のハッタリだと。
 でも、違ったのだ。
「―――――………」
 静寂に紛れた微かな声。
織姫が洩らしたその名前は、確実に少女の内側を侵食していたのだ。

「お取り込み中申し訳ないんだけど……」
 唸り声と共に、一護の背後から石田が沈黙を破った。
瓦礫に背をもたせかけ、腹部に空いた穴を押さえている。
「井上さん…。はぁ………。出来れば傷を……治してもらえるかな…」
 正気を失った「一護」が貫いた傷。
一護自身記憶は無かったが、忌々しい事に、手には感触が残っていた。
 織姫が慌てて駆けて来る。一護の横を通り越して石田の前に膝まづくと、くるりと一護を振り返った。
「黒崎くんも来て。一緒に治すから」
「………」
 一護は唇を噛み締めてうつ向いた。
 護れなかった。
 必ず護ると誓ったのに。
 石田の体も井上の心も、俺は護る事が出来なかった――

「…早くしろ黒崎……。……貸しにしておいてやる。いつか返して貰うからな」
 弱々しい石田の声が、思いの外強く一護の耳朶を叩く。顔を上げた先に意思の籠った瞳を見つけ、一護は小さく 悪態をつき石田の横にどかりと腰を下ろした。
「ふん…。っ……のろまめ」
「うるせ」
 教室と変わらないやりとりに、織姫は小さく笑う。六花に指を這わせ2人を包む様に発動させた。
 次第に塞がっていく傷痕。石田も顔色が戻って来ている。

躯の傷なら良かったのに。

「黒崎くん」

 振り向けば、織姫があの笑顔で一護を見ていた。
「石田くんも」
 織姫の長い髪が風に揺れる。一護は、少女の指先が微かに震えているのを見た。
「ありがとう……ただいま」
 その笑顔が、つらい。
 悔しい。
 情けない。
 躯の傷なら良かったのに。外側の傷なら、痛みを推測できる。
 傷の大きさに驚き、手当てをして早く良くなるようにと祈る。
「ああ、おかえり。井上さん」
 一護には、石田のように笑顔を取り繕う事が出来なかった。
 織姫が負った傷は、一護の届かぬところ、六花でも戻せない遥かに奥。
 その傷を負わせた一護が、負った織姫に笑顔など、出来きよう筈もない。
「おかえり、………井上」
 そう答えて気付く。おかえり。なんて虚しい言葉だろう。
 体だけ帰って来ても、意味などないのに。






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