嫌なものは嫌/高+万
「……何なんだあれは……」
深刻な顔で「話がある」と呼び出された万斉は、その内容に拍子抜けする。しかし高杉にとってはそうではないらしく、今も難しい顔を崩そうとしない。
「キャラ立ちしてるでござろう?大体、他と一緒で生き残れる程優しい世界ではないでござる妖怪一反木綿」
隻眼で睨まれ、万斉は口を閉ざす。
先日電話越しに寺門通と接触してからと言うもの高杉はすっかり調子を狂わされていた。
どうやら通からお通語の手解きを受けたようで(笑)、目に見えてゲッソリしているのだ。心配したまた子がうるさくて仕方ない程に。
大きく息を吐いて万斉はソファに背中を預け足を組変えた。
「江戸でも人気が高くて親衛隊までいる立派なアイドルでござる。いくら晋助と云えどいちゃもんつけるなら許さないでござるよ」
にこりと微笑む万斉に高杉は胡乱な目を向ける。アレの何処がアイドルなのかと言いたげだ。
「良く知りもしないでお通殿を否定するのは止めてもらいたい。――さぁ晋助、百聞は一見にしかずでごさる」
差し出されたヘッドフォンに高杉は逃げ腰だ。それを無理矢理押さえつけ、万斉はその頭にヘッドフォンを装着させると再生ボタンを押す。
流れているのはつんぽ特権で手に入れた幻の一枚、『放送コードがなんぼのもんじゃい』である。
高杉は押し倒された体勢のままぴくりとも動かない。プレイヤーからは『お前の母ちゃん××』、『お前の兄ちゃん××××』、『××公なんざクソくらえ』と次々曲が流れている筈だ。それ程長い時間、高杉は動かなかった。
「どうでござるか?晋助」
漸く身を起こした高杉に問えば、こちらを斬り殺さんばかりの猛烈な視線が返ってくる。しかし万斉は慣れたものでその殺意をするりとかわすと、破壊される前に高杉からヘッドフォンを取り返した。
万斉が外で何をしようと、高杉はこれまで一切口を挟んだ事はない。興味も無いため知らなかったからだが、知ってしまった以上黙ってもいられない。
高杉の鬼兵隊に、万斉を通してこんな伏せ字音楽が横行するなど、断じて許せるものではないのだ。
高杉はソファに座ったまま腰の刀に手をやった。
「……万斉…、てめぇがプロデューサー業を続けてぇならそれでも構わねぇさ。だが……、この女からは手を引け。それが出来ねぇってぇなら」
「嫌でござる」
「……万斉」
がくりと首が落ちる。溜め息が漏れる。万斉はそ知らぬ顔だ。
「お通殿はこれからどんどん売れるでござる。ここで手を引けとは、莫大な金を溝に捨てるようなもの。賢いとは言い難い」
渋い顔を続ける高杉に、そうそう、と万斉は手を打った。
「先日晋助が良いと言った曲、アレで行く事になり申した。お通殿も喜んでいたでござるよ」
ヒクリと口角が持ち上がる。高杉は慌てて万斉を制止した。
「何の話だ」
「電話越しに聴いたでござろう?好感触だったと、お通殿が言っていたが?」
またしても高杉は項垂れるはめになった。顔を覆ってしまった高杉に、万斉は冷たい。
「話が終わったなら戻るでござるよ、晋助。お通殿の事は拙者に任せるでござる」
「……待て万斉……、あれは違う、てきとうに返事をしただけで良いって訳じゃ……」
しかし万斉には届いていなかった。鼻唄を歌いながら部屋を出て行ってしまう。
偉そ〜うに〜正義か〜ざし〜でかい面し〜て街を歩く♪
「……止めろ万斉……」
後には高杉の嘆きだけが残された。
退却だ!突撃!
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