◇Passing
■one summer 1
1.
高1の夏。毎年恒例の麗華が遊びに来た。
従姉で職業キャバ嬢の7つ上の美人だが、口煩く母親ぶった所がある。
たまに両親がいない時には夕食の準備など助かりはするが、妹の加奈子は味方を得た気になるのか妙に強くなるし、女二人に男一人というのはどうしても分が悪い。
けれど麗華は唯一の俺と雪也の理解者でもあるからそう蔑ろにもできなかった。
「今日、ゆき泊まりで来るから」
家に帰ると麗華がリビングで我がもの顔で寛いでる。
今でこそ見慣れた光景だが、20代前半の女がそんな中年主婦さながらの一日を過ごしていいのかと、問い詰めたりもしたあの頃は自分も幼かった。
従姉と言えど美人の女ならば少なからず憧れを抱く時期というのは、思春期には付きものだ。
「へぇ、雪也くん元気?会うのなんて久しぶり」
適当に荷物を放ってそのままキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。
何故か後ろから麗華がついてきて入口から顔を出した。
「最近、どうなの?上手くいってる?」
「……なんだよ。いきなり」
スポーツドリンクを取り出し直で飲もうとすると、麗華が食器棚からグラスを取り出して突き出してくる。
面倒に思いながら仕方なしに受け取ってグラスへ注ぐと、今度は当然のように俺の手からグラスを取り、一気に飲み干した。
「…おい」
「ん?ありがとう」
「……」
結局ボトルへと口を付ける。
「それで、無理させたり怪我させたりしてないでしょうね」
「…っ!」
吹き出しそうになるのを寸での所で堪え、盛大に噎せた。
無理させたり怪我させたりとはつまりはアレの事。
「してないならいいけど」
「……阿呆か…っ」
呆れて物も言えない。
いくらなんでも真顔でそんな話をするなどどうかしている。
親とだってそんな話はしないだろう。
「前に送ったDVD、ちゃんと観た?」
「……」
しつこい追及に最早反論する気力を失った。
「観てないんでしょ」
「……お前にそういう趣味があったとは知らなかった」
「……ボーイの子に居たの。趣味だなんだじゃなくて、ちゃんと勉強しなさい」
「お前、まさか店でんな話」
「従兄が、なんてわざわざ言わないわよ。でも、あんまり素行が悪かったらバラしちゃうからね」
店の女と連絡を取っている事がばれているらしい。
けれどこちらから手を出している訳でもなく、麗華の携帯からでも番号が漏れるのか、向こうから寄って来るのだ。
「なんて冗談だけど。…遊びたいばっかりに雪也くんを傷付けたり、しないようにね」
「……言われなくても分かってるっつの」
鬱陶しい。
乱暴に冷蔵庫を閉め、放っていた鞄を手に二階の自分の部屋へと上がる。
理解されるのはありがたいが過剰な干渉はいらない。
「……おい」
ふと思い当って階下の麗華を呼ぶ。
「お前、あいつの前でそういう話、するなよ」
「…言われなくても分かってます」
嫌味たっぷりにそう返され、内心悪態をついて部屋に入った。
ラックに向かい数ヶ月前に送り主麗華の名前で届いたそれを探す。
包みを開けてパッケージが見えたその時点で、また包み直してそのままにしていた。
普通のDVDに紛れているそれをもう一度手に取り、包みを剥がしてため息が漏れる。
直視するのも禍々しいそれは男同士が絡み合ったアダルトビデオ。
同封された小さな便箋を開いてみる。
<ただのAVじゃないわよ。勉強になるって。馬鹿にしないでちゃんと観ること!される方は色々と大変なんだからね。>
最後の一文がそのボーイの話かと理解する。
しかしそうは言っても自分はゲイでもなければバイでもない。
雪也は例外で男など雪也以外は絶対に無いと断言できる。
雪也だってトラウマだなんだと縛られているだけで、きっと生粋のゲイとは違う気がする。
それがどうしてこんなビデオを真剣に鑑賞できるだろうかと思う。
もう一度DVDを仕舞いかけて手を止めた。
今まで怪我をさせた事は無いが、その分雪也自身が自分の身体に気を使っているのは分かる。
確かに同じ男といっても、そういう意味では知識は少ないのかも知れない。
雪也は愚痴や文句を言うことはあまりなく、もしそういう事があっても気づかなかない事も有り得る。
「……」
届いた時にすぐに捨てられなかったのも、少なからず責任感に似た物を感じていたというのもあった。
誰のためなんて柄じゃないが傷付けたくはない。
見るだけ見てみるかとデッキを開けた。
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