◇Passing
2
2.
周囲の喧騒から隔離されたような雰囲気の中まどろんでいると、勢いよくドアが開く。
その手には何かのDVD。
また一層喧騒が大きくなり、頭痛も酷くなる。
貴仁に頭を押し付けながら映画観賞でも始まるのかと眺めていると、突然あられもない音声が部屋に響いた。
硬直して画面を凝視する視界が手の平で覆われる。
「ゆきにはまだ早えよ」
からかうようなその言葉に怒ってみせる余裕はなかった。
嬌声に混じって女性を煽る男の声が聞こえる。
強張る身体と背を伝う冷や汗を、貴仁が誤解してくれることを祈った。
視界を覆われたまま無抵抗に、長い時間を過ごした後訪れた静寂。
開けた視界には誰もいない部屋と真っ暗な画面が映った。
部屋の外で騒ぐ声が聞こえる。
「びっくりしただろ」
覗き込む顔を茫然と見返す。
あまりに優しい表情に涙が滲んだ。
きっと貴仁はそんな事は何も知らない子供だと思っている。
そう考えると強い罪悪感と自己嫌悪に襲われた。
自分が酷く汚いものに思える。
まして、そんな自分が貴仁を好きだなんて許されるはずが無かった。
今にも溢れそうな涙を湛えながら貴仁を見つめる。
平気だと言葉を紡ごうとしたその時。
「……っ」
顎を掬われ雪也の薄く開いた口唇に貴仁のそれが合わせられる。
ほんの一瞬の出来事を理解する間もなく、それはまた離れていった。
あまりの衝撃に涙も引いた双眸で貴仁の顔を見つめるが、その真意は読み取れない。
「…っ…たか」
「あー…回って来た」
貴仁がバタリと背後のベッドに上体を倒す。
そのままのし上がると、ごろりと横になった。
「…来いよ。ベッド占拠してやろうぜ」
一人用のベッド。
限られたスペースをぽんぽんと貴仁が叩く。
「……ん」
変に意識してしまう自分をごまかして、おずおずとその隣に寄り添った。
心臓の音が聞こえないか不安になる。
酔いなんてすっかり覚めてしまってどうしようと焦りながらきつく目をつむった。
「柔らけえ」
髪をすく手付きに息つぎさえ上手くできなくなる。
まだどこか聞き慣れない低い声に、心臓が破裂しそうだった。
やがてドタドタと部屋へ近付く足音。
「…って、あー!!お前ら人のベッドで寝てんじゃねーよ!」
「インポの癖に態度でけえ」
「うるせえな、飲み過ぎたんだよバーカ」
どうやらトイレの使用権争いをしていたらしかった。
そういえば貴仁は何も反応しなかったのかと今更気付いて、少し嬉しくなる。
「…貴仁、そうだったんだ…」
悪戯心でぽつりと呟いてみた。
「っ…ゆき、おま…」
「はい第2ラウンド開始ー!!」
両手に抱えていた缶ビールが再び床にばらまかれる。
「もう負けないから!」
雪也も跳び起きて定位置についた。
貴仁の止める声は無視する。
仕方なしに貴仁も起きてきて雪也の隣に座った。
夜はまだまだ長い。
全員が酔い潰れて空が白み始めた頃、漸く雪也も眠りについた。
傍らの貴仁にぴったりと寄り添いながら。
end.
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