◇Passing
□
1.
残り時間の限られた昼休み。
食べかけのパンを残したまま戻らない空席を一瞥し、時計の針に目を向ける。
喧騒に紛れて高い声が耳に届いた。
「今ちょおモテ期なんだけどー」
「それさぁ、彼氏できるたび言ってんじゃん」
「だって彼氏ができると寄って来るんだもーん。やっぱフェロモンが出てるのかなぁ」
普段なら気にも留めないくだらない雑談が、今は気にかかる。
その原因をやっと視界の隅に捉え、そちらに目を向けた。
殺伐としたこちらの気など知る由もなく、のんびりと教室へ入ってくる。
けれどその表情はどこかぼんやりとして、沈んでいる様にも見えた。
真っ直ぐにこちらへ歩いて来ると雪也は傍らの空席に腰を下ろす。
「泣かれちゃった」
ぽつりと呟く声はやはり沈んでいた。
「仕方ねえだろ」
「そうだけど…」
雪也相手の告白が全敗であるのは周知の事実で、それでも呼び出すのは言ってしまえば記念告白のようなもの。
本人もそれを分かっているはずで、にも関わらず馬鹿丁寧な対応をやめる気はないらしく、泣かせただの詰め寄られただのと、こうして落ち込む事が度々ある。
以前はもっと、当たり障りのない対応や軽く受け流すことだってできていたはずだった。
それが――あの男と訣別して以来。
思うところがあるのかも知れない。
一々同情せずにいられないのは雪也らしいと言えば雪也らしいが、こちらがそれに苛立ちを覚える事があるのは分かっていない。
そのうえ性質の悪い事に、所謂フェロモンのせいなのかあるいは指輪の外れた薬指を目敏く見つけたせいなのか。雪也に対する告白は近頃また多くなった。
「……」
黙り込むその顔を見遣ればまだ気にしている様子の表情がある。
先程から何度目かの悪態を内心でついた。
「貴仁、ご飯何がいい?」
「何でも」
「なんでも…」
悩む唸り声がキッチンから聞こえる。
沈んでいたのは昼休みの間だけで、それからはすっかり普段通りに戻っていた。
ともすれば空元気にも見える雪也に反比例して、こちらの気分はどんどん暗く重く渦巻いていく。
「トマトパスタでいい?」
「ああ」
「簡単でごめんね」
「……」
本当は人をソファに座らせて、一人キッチンに立つその姿を見るだけで愛おしいと思うのに、今はフォローの言葉の一つさえ口に出す気になれない。
振り向きもせずに返事をして、気を抜けば胸を支配しそうになる馬鹿げた感情に気付く。
あいつにも――築下にも。
みっともない。女々しい。完全な嫉妬。
過ぎた事を今更、くだらない。
どんな雑言を並べても払拭しきれない。
このところ胸に蓄積していたやり場のない蟠りの正体を見た。
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