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◇Passing
□Just love you


1.



視界の端に映り込むテーブルに、ぱさりと雑誌が置かれた。

視線は画面に貼り付けたまま、意識だけ傍らへ向ける。
海外ドラマのDVDにかじりついている最中、今までずっと退屈そうに雑誌をめくっていた。

不意に立ち上がり、勝手知ったるキッチンへと向かうのを気配で感じて、雪也は身体から力を抜いた。

背もたれに背中を預け、ふうと息をつく。
画面にかじりつく振りをしていたが、その実内容はほとんど頭に入って来なかった。

試験期間が続いてゆっくり過ごすのは久しぶりだったが、至極いつも通りの慣れ親しんだ休日。
それなのに、今朝貴仁がやって来た時から続く奇妙な胸の動悸は一向に治まる気配を見せない。

また小さく息を吐いて、立てた膝に顔を埋める。
馬鹿になった心臓がやけに煩く、息が詰まりそうに胸が苦しい。
一度別れるより前に付き合っていた頃は、こんな苦しさなど感じなかった。
ただ傍にいれるのが嬉しくて、触れられるのも嬉しくて。

けれど改めてこの関係になった今、何もかもが気恥ずかしくて仕方がない。

今更、と笑う気持ちもある。
今更だと思うのだけれど、手を繋ぐのも触れるだけのキスも、こうして二人きりでいるだけで、破裂しそうなほどに胸の鼓動は大きくなってしまうのを止められなかった。

まるで中学生の初恋のようだと思う。

自分にも確かにあった。
あったけれど、叶うかどうかや、どうにかなりたいと思い悩むには、時間も、精神的な余裕も足りなかった。

気付いてしまったら好きで好きで仕方がなくて、助けて欲しくて。

身体から始まった関係は不器用に、そこから続いていってしまった気がする。
初めから慣れた行為。
相手が違えば幸せで嬉しかったが、それだけ。
手を繋ぐのもキスも同じ。
ただ側にいれるのが嬉しくて、どうしようもない胸の苦しさなんて覚えなかった。

「ゆき?」

突如降り注いだ声に顔を上げる。

「具合悪いのか。顔赤えぞ」

「っ…ううん、何でもない」

テーブルに並べ置かれる二つのマグカップ。
訝しむ瞳から逃げ、そちらを目で追いかける。
意識し始めると視線が合うだけで止まらなくなる。
冷静になろうとすればするほど、頬が紅潮してしまう。

「……」

奇妙な沈黙が生まれたがごまかす術も思い浮かばず、ただ硬直してどうしようと繰り返す。

ふと無言のまま頬に手が触れた。
顔を向き合わせられ、不自然に逃げようとする視線を、観念して正面の貴仁に合わせる。

至近距離。
落ちる陰。

息を詰めて目をつむると唇が触れた。

「…っ」

直前に息を止めたことを後悔する。

この後悔も何度目か分からない。
何度繰り返しても触れられたその瞬間に呼吸の仕方も忘れてしまう。

「…っ…」

ただ触れるだけの時間がひどく長く感じて、息が苦しい。
触れられている頬が、耳が、焼けるように熱かった。

幾度か啄むように甘噛みした後、唇が僅かに離れ、終わったかと安堵しかけてまたすぐに息をつめる。

「っん…!」

口唇を割る舌の感触。

薄く目を開けると笑ったような瞳が一瞬視界に入った。

「んっ…ん……」

擽られた歯列は考えるより先に侵入を許し、鼻にかかった声が漏れる。
上あごを撫で、奥に逃がした舌を絡め取られて肩を押す手から力が抜けていく。
必死で息を継ぐと無意識に高い声が漏れた。
自分のそれと理解して堪える余裕もないまま、煽られ流されて分からなくなる。




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あきゅろす。
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