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◆Before
4

シーツに包まって長い一日を過ごす。

浅い眠りに落ちるたびに悪夢を見た。
ぼんやり空を見つめていても、身体が思い出すのか震え出して止まらなくなる。
静寂と止まったように感じられる長い時間に耐え兼ねてベッドから這い出すが、歩こうとするだけで鈍い痛みが走った。

一人きりの時間が辛い。
悪夢ばかりが纏わり付く。
それでも今この時間が唯一の平穏であるようにも思えた。
このまま誰も帰って来なければいい。
夜の暗闇など、昨日の夜と一緒に消えてなくなればいいのにと思う。





インターホンの鳴る音に、何度目かの浅い眠りから引き戻された。
恐る恐る起き上がり玄関へ向かう。

「…はい」

鍵を開けてドアを開き、そこにある姿に思わず目を疑った。

「……貴仁…」

驚いた様子の雪也に貴仁が眉を顰る。

「出る前に確認しろ」

言いながら軽く頭を叩かれ、そこからじわりと暖かさが広がる。
涙腺が緩み溢れそうになる涙を堪えた。

「うん」

笑って頷き貴仁を室内へ招き入れる。
寝ていたせいでエントランスキーが開けられなかったと愚痴る貴仁に、だって病人なんだからと冗談まじりに返す。
それでも人の出入りを待ってまで来てくれたことが酷く嬉しい。

「具合は?起きてて平気か」

「っ…そんなに…ちょっと怠いくらい…」

手の平がぴたりと額に触れ、体温の低いそれが心地良くて目を細める。

「…少し熱っぽいな。顔も赤ぇし」

頬に触れた手に思わずどきりとする。
鼓動が急速に脈打ち始め、頬がますます火照っていく。

「ゆき?」

「…な……なんでもない…っ」

泳ぐ視線を隠せず顔を俯けた。
離れた手の平にほっと身体から力が抜ける。

「朝、ごめんね。待ってた?」

治まらない鼓動を必死で落ち着かせながら、取り繕うように言葉を紡ぐ。

「ああ。けど親父さんが出て来たから」

「…そっか……何か言ってた…?」

「…だから風邪ひいて熱出したから休ませるって」

「っそうだよね…」

貴仁が怪訝そうな表情を浮かべ、何を聞いているのだろうと我に返った。
他に何か言う訳もない。

笑ってはぐらかし、体調を心配されながら他愛ない話を繰り返した。






すっかり暗くなった窓の外に気付きながら、まだ帰って欲しくない。
引き止める話題を探しながら時計の針の示す時間が気にかかる。

「今日一人か?」

不意に貴仁が口を開いた。
一人だと言えばきっと、家に来いと言ってくれるのだろうと思う。
頷いてしまいたい衝動に駆られる一方で、逃げることが恐ろしくも思えた。

「…多分、父さんが来るから……」

大丈夫、と少し笑う。
僅かな時間でも貴仁と過ごしただけで、気持ちは大分楽になった。
昨日は何かの間違いだったのかも知れない。
きっと今日は何もない。
貴仁を見送りながらそう自分に言い聞かせた。

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