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◇Other
3

「痛ぇ」

 案の定眼球に直撃を受けて、全裸のまま渚の家の洗面所へ駆け込んだ。
 流水を目に当てて、泣き言が口をつく。
 もはや精子のせいなのか水道水のせいなのかわからないが、眼球を取り出して丸洗いしたい。


「今?ムリだって。この後?…あー、今日はいいや」
 
 真っ赤な目をして部屋に戻ると渚が電話で話をしていた。
 余計な音を立てないようにベッドに乗ってその隣に座る。

「今日はいいってなによ、だとさ」

 電話を切ると、出すだけ出してスッキリしたのか毒気の抜けた渚の顔がこちらを向いた。

「ひでー奴…」

 こんな奴のオンナになりたがるバカの気が知れない。
 同情してると寄りかかる重みを感じて肩が下がった。

「だって波乃が相手してくれんだろ」

 子供みたいな甘えた声。
 安心しきったようなその表情とたった一言が、胸の内に押し込められた優越感を刺激して、憎まれ口を利けなくする。

 授業をサボって散々やって、家に帰ってまたやって。それでこれからまだやる気って。
 夜までか。あるいは、明日の朝まで。

「……渚。お前もしかして」

 嫌な考えに思い至る。
 ある程度の確信を持って聞いたそれはどうやら図星をついたらしかった。

「んー?」

 肩に乗った頭が悪びれずに小首をかしげた。
 とぼける様に言葉をなくす。

「…ほんと最悪だよ、お前」

「波乃もやる?」

「しない」

 薬なんかやる奴はカスだ。
 そのカスの相手をしている自分はそれ以下だけど。

 機嫌を取るように掌が頭を撫でて、指先が髪の束を弄ぶ。

「お前コレ、どこで抜いたの」

「自分で」

「下っ手くそ。ムラんなってるし、ほとんど死んでる」

「いーよ。別に」

 下手でなきゃ意味がなかった。
 薬中の渚以外、やる気も失せるくらい汚い頭がいい。
 口元のエロボクロも霞むくらい。

「俺が染めてやろーか」

 滅多に聞かない誘い文句に、条件反射で胸が鳴る。
 そんな自分が気持ち悪い。
 
「…やだよ。どうせ失敗すんだろ」

「でも結果オーライだから」

 女子に人気の、黒だか青だかわからない艶のある頭を見上げる。
 渚はしょっちゅう色を変える。それはもうカメレオンみたいに。
 しょっちゅう変えているけれど、慣れているぶん腕がいいのか自分のような酷い傷み方をしているのは見たことがない。

 今のこれも、妙な色気があって、渚の雰囲気によく似合う。

「見惚れてんの」

「……」

 いいように使われても、キマってる渚にやられても、目が覚めない自分は終わってる。

 だいたいキメてるくせに素面とほとんど変わんないってなんだよ、と内心で悪態をついた。
 今までにもあったのかもしれない。
 気付かなかっただけで。

 余程スッキリしているのか、薬のせいか、渚はひどく機嫌が良かった。
 絡みつく腕が背後から体を抱き寄せて、デカイ図体がのしかかる。

「波乃さあ、やってる最中大人しくねぇ?」

「ギャーギャー騒いで欲しいのか」

「そうじゃねーけど」

 指先が唇の下を押す。

「意外に慎ましいよなあと思って」

 やらしい顔してんのに。

 唇を弄ぶ渚の指が歯列を割って口腔に入り込む。
 固まったように動かない舌をくすぐって、飽きたのかすぐに出て行った。

 その時脳裏を過ぎっていたのは遠く過ぎ去ったはずの過去。

 沈黙が流れるのに言葉が出なくて、それは気まずい空気に変わった。

「なんか、地雷踏んだか」

 トーンの落ちた渚の声で我に返って首を振る。

「ないよ。そんなの」

 面倒だと思われたくない。

 好きだって言わない。思われるって期待しない。
 渚が誰とでもセックスできるのは、愛を理由にしないからだ。

 ちゃんと笑ってるように聞こえたか不安だった。
 今抱かれてるのが背後からで良かった。

「波乃」

「なに」

「…やっぱいいや」

「はは、なにそれ」

 笑った後で、何が面白くて笑ったんだか自分で自分を奇妙に思う。
 再び流れた沈黙はそんな心の内を見透かされているようで、居た堪れない気持ちにさせられた。

 耐え切れなくて身じろいで、腰に当たるそれに気づく。

「…なんか勃ってねぇ」

「なんか勃ってる」

 気が抜けて脱力する。

 したいならそう言えばいい。

「今の流れで言うことでもねーかと思って」

 なにを今更気なんか使ってるんだと思う。

 薬中のくせに。 
 軽く笑って噛みつくようなキスを受け止めた。



 兄貴の女に逆レイプされたのが中学前。
 女相手に勃たなくなったのが半年後。

 チンピラもどきをやっていた兄貴の仲間にレイプされたのがその少し前。

 処女かどうか、雰囲気でなんとなくわかる。
 もうやったかまだやってないか、当てる遊びも流行ってた。
 男にもそんな雰囲気があるのか、そういう目で見られることが増えたのはその時から。

 不思議な物で、あまりにそういう目で見られ続けるとそういう自分でなきゃならないような気がしてくる。
 やりたがる男に迫られたら、やらせなきゃいけないような気がしてくる。

 独り歩きしてただけの噂はいつの間にか実を伴ったそれになってた。





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あきゅろす。
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