ペインの白昼夢





触らないで、溶けてしまうから



ある日の夢だった。

嫌がる彼女に無理矢理触れると、小南の顔の皮膚がずるりと剥がれ落ちた。嗚呼、と思う間もなく掴んでいた肩からグニョグニョな骨が突き出して、それもまた地面に蕩けて染込む。

「小南・・・・・・」
「だか、ら、言った、の、に」

小南は滅多に見せることがない笑みを浮かべて、いつの間にか降り出していた雨と共に、下水溝の中にドロドロと流れていった。

「お前まで、オレを置いていくのか?小南」
「ごめんなさい、ごめんなさい。だけど溶けてしまったら、もうどうしようもないわ」
「一人は嫌なんだ」
「ごめんなさい、ごめんなさい。だけどもう下水と一緒になってしまったの」
「小南、オレはお前に触れることも出来ないで、こんな形で別れをしてしまうのか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい。しょうがないことだったのよ、紙は水に濡れたら溶けてしまう。あなたが一番分かってくれていたことじゃない」
「それでも、オレは、お前を愛していたから」
「ごめんなさい、ごめんなさい。私もあなたを愛していたけれど、もうあなたと喋ることすら叶わない」

そう言ったきり、小南の声は聞こえなくなった。

どれくらい時間が経ったのか分からない、オレの頬は涙なのか雨なのか分からない雫で濡れていて、オレはそれを拭うと降らせていた雨の性質を変えた。
すると雨を浴びていた人々も、建物も、木も、何もかもが彼女が溶け落ちたときと同じようにぐにゃぐにゃと流れていった。

そして、オレも。

掌を見ると赤い筋肉が覗いていて、白い骨が突き出して地面に向かって溶け始めている。
目玉も、耳も、オレの体を構成する部分たちが雨と一緒に流れ出す。

「今度は、触れることが出来るのか?」
『ええ、今度は』
「そうか、小南。オレがそちらに辿り着くまで、待っていてくれないか?」
『ええ、いつになってもいい。私はずっと待っている』
「ありがとう」

聞こえなくなったと思っていた声は空にポツリとあいた青い部分から注ぐように伝わった。
嗚呼、ちゃんと居たじゃないか。オレのすぐ傍に。彼女は約束を守ったじゃないか。

目を閉じて、外界に耳を傾ける。ザーザーと降り注ぐ雨のほかに、もう何も聞こえなかった。耳が溶けたから。

その数分後、オレの意識は失くなった。


降っている水は、悲しい悲しい酸性雨と、オレの涙だった。




触らないで、離れるのが怖いから



酸性雨





あきゅろす。
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