小南さんセンチメンタル




あなたが私の為に傷を創るなら、私はあなたの為に命を削りましょう。
あなたが望むなら、




例えば、その人のことを本気で好きになったとしたら。そんな思いをするのはやっぱり一生に一回だけでいい。そして私はきっとその人が何を想おうと、何を言おうと彼の為にこの心臓を捧げるような、愚かなまねだって出来る。自分の全人生をかけて彼を幸せにしたい。そう思っているのだから。だけれど私は、誰もが羨むような、素敵な恋をしようとは思わない。そもそも、理想の愛し方なんて誰も分からないのだろう。だって、どのような運命の下で自分たちが出会ったのがさえ理解しがたいのに。

指輪を渡された。あなたが私を選んでくれたのが嬉しかったのに、私は素直にそれを喜ぶことが出来ずに、無表情でそれを受け取った。本当は嬉しくて涙が出そうだった。だけれど、はるか遠い昔に忍としての調教の為に失った涙腺は、ただ動かず静寂を保ったまま、瞼の奥で疼くのを私は感じて、ああ、もうちょっと自分が何事にも素直に喜べて、尚且つあなたに簡単に思いを告げられるほど勇気があればいいのに、と私は頭で思うだけだった。私とあなたはいつでも隣同士だった。あなたの夢は私の夢でもあったし、私が望むものはあなたの望むものになった。貴方が思えば、私もそれに賛同した。だって、あなたが私をどう思うか分からなかったけれど、私はあなたを愛していたから。


春が来た。あなたは桜を見ながら、桜の色が赤くなってしまえばいいと私の隣で囁いた。私は目を瞑って咲き誇る桜が血になるのを想像する。樹木には花ではなくて首が咲いて、その首はどことなく恨めしそうに私を見つめている。花の蕾は首、散る花びらは首の断面図から滴り落ちる血の雫。ああ、そうね。血の色でも悪くはない。この丘に一面に血の池が。私はそれを思ってただ次の春が来るのを待ち遠しく思った。

ある夏のことだった。ジリジリと蝕むような暑さを感じて、私は額から流れ落ちる汗を拭ったとき、ふと、ぎらつく太陽の視線を感じて顔を上げた。空には一点の曇りもない、まさに澄み渡った空がそこにはあった。そして横を見ると私を同じように空を見上げるあなたが居て、その目は太陽の陽すらもその熱に溶け込んでしまうような感覚が私を襲う。青が、西に沈み、赤が溶け出した。

秋、そう感じたのは赤い蜻蛉が増えだし、木々が徐々に赤みを帯びていくのを認識し始めたとき。何時ものように独特の涼やかな風を感じて、はらはらと落ちる。落ちた葉は、その後迫り来る極寒の季節に飲み込まれて消えてしまうだろう。けれど、あなたはそれが美しいと言った。静寂を保ちながらそれでも足掻く事無くゆっくりと死を迎える。落ちた葉を拾ってあなたはそれを握りつぶした。

全てのものが眠りにつく冬が、この世界を覆った。轟音と共に降り続ける雪。その寒さと冷たさを感じながら私は眠りにつくことにした。雪が積もり、白銀の世界がきっとこの向こうに待っているのだろう。堕ちた夢の中にもきっとあなたはいるのだろう。手探りに見つけ出した夢の中のあなたは、雪のように冷たく、動かなくなっていた。私はそれが酷く悲しかった。


きっとこの果てで待っているのは死という道のみだ。たとえどちらが死んだとしても、きっと涙を流す事無く、他の誰かを愛することもなく、ただただ無様に生きていくのだ。それが私とあなたの約束だった。あの日交わしたはずの約束は、きっと変わる事はなく、私たちの心の奥底に残っていくのだろう。私たちの、どちらかが生きている限り。

季節と時代が私たちを置いて過ぎ去っていく。その中で、あなたに先立たれて、残された私は何を思っているのだろうか。やはりあなたを愛して、涙を流す事無く余生を過ごしているのだろうか。終末を想像し、春になっても桜の美しさに目を引くこともなく、夏が訪れて太陽の眩しさに目をしかめることもなく、秋の風の匂いを感じることもなくなり、冬に飲み込まれることもなく、雪の冷たさをただの感覚として捉えるようになっても。

あなたも私が死んだなら、そのような廃人になるのだろうか。何も感じず、何も話さず、ただ失くしてしまった私を思っていてくれるのだろうか。きっと、そうなのだろう。全てを捧げると約束したのだから。


出陣の支度は出来た。どれほど血が流れようとも、私たちは構いはしない。全ては終末の為に。空を漆黒にし、雲は茜に染まる。その野望の為に。



最果てで逢いましょう

(大丈夫、私は最果てで待っている)




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