朽葉が死んでいます






雫が落ちるの音がして、水面を見ると彼女がいた。朽葉、と名前を呼ぶと彼女は淋しげに笑う。そういえば彼女が生きているときの笑顔を見たことがなくて、実際これが初めてだった。ああ俺は彼女の傍にいては駄目だったんだなと途端に寂しくなって水面に手を打ち付けもみ消したが、彼女の幻影は消えずに水中の彼女は俺を見ている。俺も朽葉を見つめた。二人して見詰め合い、永遠のような時間が過ぎていく。何か言おうとして口を開くと朽葉は頭をふって俺の言葉を制止した。彼女は残酷だった、そうやって俺のことを知ろうとしないくせに俺が一番言いたいことを勘付いて拒否する。そうやっていつも俺は彼女を見つめているだけだったのだ。

『かんぞう』

幻影が口を開いて俺の名前を呼んだ。こんな彼女の凛とした声を聞くのは久しぶりで不思議と懐かしさを覚えた。そして同時に必死に抑えていた愛しさが溢れ出して彼女に触れたいとすら思ってしまう。しかしそれは雲を掴むように難しくて、触れようとすれば彼女は消え、水面から手を離せば彼女は笑みを浮かべては俺の名前を囁く。俺に見せてくれなかったものを今更見せ付ける。

「愛していたのに、朽葉」

この世界の誰よりも、否、朽葉以外のものなんて何も見えはしなかったのかもしれない。そうしてお前だけを見てお前を追い詰めた、あの日お前は海に沈んで永遠に光りの届かない底の、青い闇の中で朽ち果て、俺の前から居なくなった。それがお前なりの優しさだったなら、いっそ逃げてしまえばよかったのにとあの日いえなかった言葉を今更呟く。どうしてお前はそうやって自分を傷つけてしまうんだと今更水面の幻想に問いかける。


所詮、俺も彼女のことを分かってやれなかった。二人気付いていたのに言えなかった、あの頃にはもう戻れはしないのに。



在りし日の思い出を今日も夢見る
(そして懐かしさに浸っては現実に戻されて嘆いている、ふたり)

夢で終われば





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