小南受祭提出作品、その1




天国地獄






男は人を殺しすぎた。男が堕ちるのは間違いなく地獄だ、と彼は分かっていた。この先どんなに神を崇めても、善行を繰り返してもきっとその事実は変わる事は無い。そんな中で、男は涙が出るほど愛しい女に出会ってしまった。女もまた、地獄に堕ちる予定の女だった。



男はいつものように女の眠る部屋に入ろうとすると、女は未だ眠ったままで静かな寝息を立てていた。普段微笑むことが少ない男だったが彼女と居るときは自然と頬が緩んでしまう。
また女も、男と居るときはぴりぴりした空気を纏う事無く年頃の少女のように恥らう姿を持っている。男はそれが愛しかった。


「小南、起きるんだ」


細い肩を乱暴じゃない程度に揺さぶると今まで寝息の一つ立てなかった女は重たい瞼をうっすらと明けた。


「ああ、角都。あなたが起こしにきたということは・・・・・・また死に損ねたのね」
「そのようだ。老衰は難しい」
「でもあなたは床じゃ死ね無さそうね、でももしもお望みなら私が」
「結構だ。お前の手を煩わせる真似はしない」


男は死にたかった。きっとこの世界で一番、そう思っているやつらの中で一番。男は長く生き過ぎた。それゆえに誰かを失う苦しみをこの上なく体験してきた。だから男は愛した女よりも先に死にたかった。

「そうね、でももしも、死にたくなったら言って。貴方が眠るまで手を握っていてあげる」

女はまるで赤子をあやすように、男の耳に囁いた。男は目を瞑って思った。

“オレは途方もなく、この小娘に惚れている”、と。



月日が過ぎて、ぐるりと四季が三回ほど巡った。季節は秋になった。男はいつしか女の傍を離れなくなった。女もまたそれを受け入れた。男はいつしか『死にたくない』と言い始めるようになり、女もまた彼に消えて欲しくないと願うようになった。

「オレは、昔はいつ死んでもいいと思っていた」
「それは私もよ」
「お前と出会ってから、オレは弱くなった」
「そうね、あなたは死にたくないと思うようになってしまったもの」
「お前もまた、オレを殺すことが出来なくなってしまっただろう?」
「言わないで」


男は泣いていた。女は困ったように笑い、男を抱きしめて、彼の背中を優しく撫ぜていた。女は男の泣き顔を見たことがなかった。だから彼女はとても嬉しかった。もっと早くに弱みを見せてくれればよかったのに、もっと素直になってくれれば私も彼にもっと甘えることが出来たのかもしれないのにと思った。

女は男を殺すことがもはや出来なかった。女の手はクナイを持つ度に震えて、印を結べば視界が霞んだ。彼女の中で、男は掛け替えのないものになっていたのだから。

「オレは、死にたくない」
「もっと先に言ってくれればよかったのに」
「そうだな、オレ達は、遠回りをしすぎた」

男は地獄で一人になるのは嫌だった。孤独になれていた彼も、もはや女無しでは生きていけなかった。人を愛するということも、抱きしめられる温もりも、彼は知ってしまった。満たされてしまったのだから。




二人は同じ地獄を見たいと思った。互いに同じ痛みと、互いの苦しみを感じたいと。そして生まれ変わるときも同じ場所で、同じ時代で。どんなに愚かな望みでも、二人にとってこれが最大の幸せだった




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!