水香高校生パロ





目の前に映るのはほんの数日前、僕の隣に居たはずの人。しかし彼女は僕の親友の隣を陣取って、僕にも見せたことがない微笑を浮かべている。それが無性に悲しくなって、無性に苛立って、唇を噛んだら血がたらりと一筋流れた。




紅い雫




僕と香燐は幼い頃、それも生まれたときから一緒だった。近所に住んでいた僕達は何をするにも一緒だった。
「ごらぁ!!水月を苛めてんじゃねぇ!」
男勝りだった香燐は近所では知る子供は居ない乱暴なじゃじゃ馬として知られていた。そんな僕は香燐の後で隠れる、臆病者として苛められていたのだ。
「ったく、懲りねぇ野郎共だな。」
腕を回して僕のドロドロになった服を香燐はぽんぽんと払う。赤くて長い髪を僕は直視できなかった。香燐は強かった、でも僕はひ弱で力も無くて。愛情のような、憧憬のような感情を香燐に向けた僕は、日に日に彼女への愛情が増すのを感じながら何も出来ない自分への苛立ちは募っていった。

「香燐、それ……」
香燐はボロボロになった服を払って、僕に向かって痛そうな顔をして笑った。体はあざだらけで、それが先日僕の為に殴った奴の物だと、僕は知った。
「全然なんてことないよ。気にすんな。」
唇からたらりと流れる紅い筋に僕の足ががくがくと震えるのを感じた。しかしその一方で香燐はケラケラと僕を冷やかしながら、僕の頭をずっと撫でていた。


そんな僕等も中学に上がっても何も変わることはなかった。だけど一つ変わったといえば、僕と香燐の距離が多少遠くなったことだった。田舎だったため、クラス替えも無かったが、やはり思春期というのは人間の区別を嫌でもつけさせる。そう、それが男女なら尚更。
同い年でも僕より頭一つ分大きかった香燐の身長を、僕は何時の間にか優に超していて、ふと香燐に見上げられる日々が多くなったことを後からじわじわと感じて言ったのである。
「ったく。むかつくなー」
「またいつもの愚痴なら僕は聞かないよ。」
香燐が血を流してきたあの日の翌日から、僕は剣道の教室に通うようになった。柔道は余りにもひ弱だった僕には無理そうで、考えた挙句俊敏さで競われる剣道という道をとった。
「これだよ、これ!」
香燐が指を差した先には僕の腕があった。
「これがどうかしたの?もしかして香燐、贅肉でもついてんの?」
「違ぇよ!クソ野郎!!うちが言ってんのはこっちの方だ!」
減らず口を叩くようになったのは何時頃からだったか。ああ言えばこう言う。余計な言葉ばかり彼女に投げつけて、肝心な一言は言えない。精神的にも、肉体的にも大人になった僕でも、やはり深いところにいまだへばり付いている。弱気で臆病な僕はあの頃の香燐の影に隠れていた頃全く成長していない。

ぐいと掴まれた腕と、香燐の腕が並べられる。それに応じて僕もかがまなければいけなくなって、そのことに彼女は怪訝な目をして僕を見た。
「ほら、テメエのほうがでかい。」
並べられたのは掌だった。白くて体温が高い香燐の掌と、それより青白くて不健康そうな、氷のように冷たい僕の手。並べると優に僕の方が大きい。それが香燐にとっては気に喰わなかったらしい。イライラしたように、いつもの機嫌が悪意図するお決まりの癖である、唇を噛む癖。そして当然のように紅く滲む唇から紅い雫が地面にぽたりと落ちた。
「また血が出ているよ、大丈夫?」
「うるせぇ!!」
ごしごしと乱暴に香燐が袖で血を拭った。その所為で白いセーラー服の袖は真っ赤に染まって、なんだかそれが無性に殺風景な花壇の中に突然現れた彼岸花みたいだと我ながら結構ロマンティックだと思ってしまった。まあ、血を彼岸花を比喩にするのは結構おかしくて不気味な奴かもしれないけれど。
「ああ!くそ痛ぇ!」
「女の子がそういう言葉遣いしちゃいけないよ、ただでさえモテないのに。」
「うっせぇ!余計なお世話だ!」
そして今日も僕と香燐はいつも通り帰宅した。クラスメイトに『水月と香燐は出来ている』とか変なことを言われたけれど、僕達の関係はあくまで“幼なじみ”という殻に包まれていた。お互いそれ以上もそれ以下も望むことは無い。しかし最近の僕はと言うと、その殻から抜け出したい衝動に駆られ、どうしようもない日々が続いている。
それは何故だか僕達の終焉を表している虫の知らせのようであった。


「なあ、水月。サスケと仲がいいんだろ?」
また同じ言葉を香燐は言った。ちなみにその言葉が発せられたのは今からおよそ二十分前の数学の自習時間だった。席が結構近い僕等は、香燐がこちらを振り向きさえすれば簡単に話すことができる。しかしここ最近では香燐の話題は先日転入してきたうちはサスケのことがほとんであった。
その日僕等はいつものように一緒に登校していた。やはりそれは誰が騒ごうと僕達にとっては“幼なじみ”という関係で実現する物であったし、しかも僕が何を思おうが香燐が僕をただの幼なじみとしてしか見てはくれない。結局色々とあらぬ妄想を抱いて、せっかく香燐が話しかけてきてくれたのに皮肉を言うばかりなのだ。
しかしそんなぬるま湯のような僕等の関係は急に冷却された。うちはサスケの登場だった。
あいつは前の高校から強制退学をさせれた生粋の不良であったらしい。しかし顔はまるで人形のように整っていて、この世の均整美の結集といった所であろうか。神様がこいつの為にどれだけの想像と創造を費やしただろうか。それが気になるところだった。
退学というからにはよほどの馬鹿か、と思ったがその真逆であった。現代文、古典、数学、英語、物理、科学、生物、地学、地理、日本史、世界史、体育、美術……どれにおいても完璧で、誰もが舌を巻く天才的な頭脳であった。
もちろん、彼にときめかない女が居ない訳が無い。そしてその女の中にも、香燐はいた。
「サスケ〜この問題わかんないんだけど〜」
頬を薄く高潮させた香燐がサスケに擦り寄るように肩を並べた。今まで僕にも見せたことが無いようなデレっぷりであった。よく考えると、香燐はサスケが来る前は学年トップの成績を誇っていたのだ。分からないわけがない、単なるサスケに近づく口実であったのだろう。
「お前。前の数学の成績、俺よりよかったんだろ。いちいち俺に聞くより先公に聞いた方が早いんじゃねえのか?」
「別にいいだろ〜?この定理がさ……」


それから僕と香燐の関係は徐々にであったが確実に遠くなっていった。小さい頃から鈍感とか散々からかわれて来たが、今の状況は僕にだって分かった。
『香燐はサスケに恋をした』
そのおかげなのか今までに無いほど香燐は綺麗になっていった。サスケの前では昔から一緒だった僕からは考えられないほど、おしとやかで、女の子らしかった。だけどそんな情景を見るだけで僕の腸は煮えくり返りそうになって、やり場の無い苛立ちを発散させるように、彼女が昔から僕の前だけで見せる癖をするようになっていたのである。

「ねえ、サスケ。」
「お前は……水月だったか?」
発作的に巡らせた考えに、ある名案が僕の脳内に浮かんだ。それは余りにも無力に近いものであるかもしれないかったが、僕にとっては最高のアイディアであった。というより、今の僕にはこれしか方法が無かったのだ。
「僕、君と仲良くしたいんだけど。」
「……何なんだ、お前。」
「君みたいな人、今まで居ないタイプだったからさ。良ければこれからも仲良くしてくれないかな?」
これは賢明な判断だったのか。今でも自分の脳をくすぶるような感覚が襲う。考えても考えても、僕がこの殻を破れるはずがないと心の奥に潜む、小さな僕が憐れそうに僕に呟く。

「水月、サスケの友達だろ?サスケの誕生日とか、聞いてくれないか?」

そう、サスケの友人である位置につけば、自然と香燐は僕の元に帰ってきてくれる。そんな気がした。だけど本当は知っているんだ。僕の心の底の底に住んでいる小さな僕は、香燐に想いを伝えてしまえば、一番手っ取り早く楽になるんだと。そして、断られてしまえば、いっそ楽なのだろ。だけど最低二文字の言葉を僕は今も喉の奥でつっかえて全く言うことは出来ず、今日、明日、明後日……と永遠に過ぎていくのも、また知っている。

今、香燐はサスケの横を陣取って笑っている。つい最近までは彼女の隣には僕が居て、そしてその生温い温度を僕は心地よく感じていた。しかし僕の隣は虚空しかなくて、その空間は冷たかった。
「おい、水月!血出てるぞ!」
僕の異変に気付いた彼女が叫んだ言葉に、そういえばさっきから唇が痛いなと思って、そこに手を当てると、それは香燐の唇から出ていたものとまったく同じ色をした液体だった。



あきゅろす。
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